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彭丹『中国と 茶碗と 日本と』 感想 この謎はおもしろい

HONZ.jpのレビュー(『貧乏するにも程がある』 - HONZ)を読んで興味を惹かれ、購入。

中国と 茶碗と 日本と

中国と 茶碗と 日本と


茶道・茶の湯で用いられる「茶碗」の名宝の来歴をめぐる謎についての本。

著者は中国からの留学生で、本書も博士論文のための研究が下敷きとなっているらしく、謎だけ提示して”お茶を濁す”ような内容ではない。日中の古今の文献を渉猟し、著者独自の見解がきっちり示されております。

自分自身は正式なお茶の席を体験したこともなく、「茶碗」についても、戦国時代物の小説などで、戦国武将たちが珍重したお宝、という程度の認識しかなかった。

だけど、日本の国宝となっている「曜変天目茶碗」は世界に3点しか存在せず、その全てが日本の国宝、原産地・中国にも残っていないが、それはなぜか?、などという謎を示されると、伝奇小説のあらすじに引き寄せられるがごとく、内容が気になって仕方がなくなってしまった。



本書は、以下の四章構成。
「茶碗」のタイプごとに書かれているので、その「茶碗」の様子を知らないとおもしろくないのだが、そこは大丈夫。巻頭に、各茶碗の見事なカラー写真を掲載し、その「謎」を示すキャプションをつける親切設計。国宝級の「茶碗」のことなどよく知らない私には、この写真は大変ありがたく、かつ、魅力的だった。これは著者だけではなく、編集GJ!、というところ。

  • 第一章 青磁茶碗の謎
    • 日本で「砧青磁」と呼ばれる美しい翠(としか言い様が無い)の青磁茶碗は、中国でも、青磁の随一として珍重された。こうした中国の銘器をいつ、誰が日本にもたらしたのか。
    • 逆に、地味な灰黄色の「珠光青磁」の茶碗は、日本では銘器とされているのに、中国では雑物扱い。それはなぜか。
  • 第二章 天目茶碗の謎
    • 窯内の偶然の作用(窯変)によってのみ生まれる美しい「曜変天目茶碗」は、世界でも三点のみしか現存せず全て日本の国宝となっている。中国には現在存在しないどころか、歴史的文献にも登場しない。それはなぜか。
    • 「玳皮(たいひ)天目」「油滴天目」「禾目(のぎめ)天目」といった宋代の茶碗の名品も、やはり中国より日本にはるかに多く残されているのはなぜか。
  • 第三章 祥瑞茶碗の謎
    • 日本の茶人が明の景徳鎮窯に発注して作らせたと言われる祥瑞茶碗。そこに残された不思議な銘の意味は何か。
  • 第四章 龍文の謎
    • 中国では古来、陶磁器にも盛んに描かれてきた「龍」の文様が、日本の陶磁器にはほとんど見られないのはなぜか。


これらの謎解きの答えがどうなっているのかについては、ぜひ、本書をあたっていただきたい。まあ、この種の歴史的な疑問に対する答えに唯一無二の正解があるとは思えないので、異論はいろいろ出てくるだろうし、実際にWeb上の本書への感想・評でも反論的なことが書かれているのを見かける。完全素人の私には、本書に書かれた回答の是非は判断がつかないところ。


ただ、下記の二点は、おもしろかった。

  • 「珠光茶碗」について、当時の日本茶道が青磁茶碗等の高価な輸入品を偏重していたことへの反発・変革として、村田珠光が「安物」だった珠光茶碗を用いた「侘び茶」という新しい茶のスタイル(ニューウェーブ?!)をしかけた、という説。
  • 中国に「曜変天目」が遺されていないのは、窯の中の予測不能の変化(窯変)が五行の乱れ=世の乱れを示すものとして忌み嫌われ排除されたから、という説。


この二件に限らず、素人目にはなるほどなぁ、と思える著者の主張に対してWeb上で反発があるのは、著者が、日本文化について「借用と創造の文化」と書いているからかもしれない。確かに、「借用」と言われるとピンとこない。そもそも借りたら返す、というが普通だろうけど、返すという種類の話でもないだろうし。

でも、日本文化は「輸入と創造の文化」と書かれたら、これにカチンと来る日本人は少ないのでは? というか、輸入したものをベースにして新しいものを生み出すのは日本文化の美点、というのが世間の認識だと思う。

まあ、いずれにせよ日本文化の源流に中国の文物があるのは、当然。日本の国宝の茶碗8点のうち5点が中国産であることもそれを示している。しかし、本書で著者も訝しんでいるように、日本人はふだん誰もそれを不思議に思っていない。

謎解きはどうあれ、こうした、日本人は当然と思ってわざわざ取り上げてこなかった不思議さを中国と日本にまたがる大きな視点から提示したのは、著者の大きな功績だろう。

国宝の茶碗マップ

本書の内容と掲載された写真から、日本の国宝の茶碗に興味が湧いた。国宝ともなると一箇所で全てを見るのは不可能なので、とりあえず、どこに何が所蔵されているかを地図にしてみた。どうやら収蔵品をいつでも見ることができるわけではないようだけど……


より大きな地図で 国宝茶碗地図 を表示


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