ハンヌ・ライアニエミ『量子怪盗』 感想
読みたい/読まなきゃいけない本が溜まっているので、この本は昨年出たとき以来スルーしてきた。しかし普段読ませていただいてる書評系のblog複数での好評価を見て、どうしても気になったので結局、購入。
Kindle版も出ているけど、ここは紙版を購入。銀背から受け継いだスタイル、ビニールカバー付き、手塗りで仕上げられた小口、といったこだわりを見てしまえば、このシリーズばかりは紙版で行くしかないでしょう。
- 作者: ハンヌ・ライアニエミ,酒井昭伸
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2012/10/11
- メディア: 単行本
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前述の書評系blogいくつかでの言及をツラツラ眺めていて、どうもこれは高評価だぞ、と思った途端、ストーリーに関して書かれた部分は自動的に脳がシャットダウン。読み始めた時に持っていたストーリーについての情報は、どうやらアルセーヌ・ルパンものと関わりがあるらしいということくらい。購入する時も、買うのを決め込んでいたのでオビをじっくり見ておらず、記憶に残ったのは、「怪盗登場」とか「怪盗VS名探偵の対決」という部分のみ。
だもんで、読み始めてしばらくは、怪盗物というかミステリー系の話なのかと思っていた。ところが読み進むうちに、どうも探偵役が迷走しはじめたうえに怪盗とヒロインの絡みが盛り上がってきたので、これはひょっとして頭脳労働担当+肉体労働担当のコンビもののヒロイック・ファンタジーに近いのかも、と思い始めた。
で、クライマックスまで読んだら、これはスペース・オペラじゃないかと気づいて、その時点で改めてオビをよく見たら、堺三保さんの「これぞ、ニュー・スペースオペラの21世紀型最新進化形態」なる惹句があるのにようやく気づいた。編集さん、もっと大きく載せてくれなきゃ!
とまあ、かなりマヌケな読み方をした割りには十分楽しめて、2,000円弱の価格も気にならない満足感を得られた。
もとを取った気分になったのは、ストーリー各場面の舞台やガジェットの描写が手が込んでいて、自分の趣味にあったからかもしれない。最初にピンときたのは、学生探偵が事件の解決のために訪れるチョコレート店に飾られたチョコレートで作られた様々なオブジェの描写。さらに、怪盗が冒険の重大な手がかりを手に入れるロボット・チェスの庭園、物語で大きな役割を果たすさまざまな懐中時計、秘密が隠された建築物など、いかにもヨーロッパ風という印象で、アメリカ作家のスペオペに比べると、グっと手がかかっている。
一方で、登場する女性キャラクターは、美女揃いでしかもかなりアクティブ。このあたりは、ひょっとして日本のアニメの影響があるんではなどと思ってしまったけど、どうなんでしょう。ボクっ娘・オレっ娘スタイルをうまくアレンジした翻訳のせいでそう思うだけかな。
スペースオペラとヒロイック・ファンタジー
前述のようにヒロイック・ファンタジーみたいと思って読みながら、最後は、スペースオペラだなぁとなったわけなのだけど、ふと、自分は両者をどう区別しているだろうかと思った。
普通、スペオペは未来と宇宙にテクノロジー系のガジェット、ヒロイック・ファンタジーは、中世か古代に魔法仕掛け、というスタイル上の違いで区別される。ところが、最近のスペオペは、ナノテクやら量子論やら脳科学を元にした外挿(というか妄想)の暴走にシンギュラリティというある種のお墨付きを得たせいか、懐古趣味的な描写をされると超テクノロジーなんだか超魔法なんだかよくわからなくなって、どうせスペオペもヒロイック・ファンタジーも、非日常を舞台にした冒険物語のバリエーションという意味では同じもんでしょ、と言いたい気分になる。
Wikipediaの両者の項目を読んでも、そう言えなくもないような気がするのだけど、それでは、今となっては両者の区別に意味はないのだろうか。
まあ、なかなか難しいところがありそうだけど、今回『量子怪盗』を読んで思ったのは、スペースオペラはなんだかんだ言って大本のところで現代文明の技術と思想への信頼感や思い入れに礎を置いており、ヒロイック・ファンタジーはそれらからの脱出への欲求がベースにあるのでは、というところ。なんか、中島梓とかが昔書いていたいたような気もするな。