メディヘン5

時々書く読書感想blog

感想:ヘンリー・ジェンキンズ『コンヴァージェンス・カルチャー』

90年代の米国ファンダム文化研究の延長としてインターネット時代初期のファン参加型コミニュティの実相を渉猟し、メディアとファンの関係変化の様相を報告。主に取り上げられているコンテンツ=コミュニティは、『サバイバー』『アメリカン・アイドル』『マトリックス』『スターウォーズ』『ハリー・ポッター』だが、コラムも含めると『ツイン・ピークス』『ブレア・ウィッチ』からポケモン、マーベル/DCマンガヴァース、北米におけるアニメ紹介のファンサブ活動や日本のコミケまで、思い当たるファン参加型のトピックは一通り押さえられている。

扱う題材の柔らかさ・馴染み深さに対して、メディア論部分は最終的に政治論に及ぶこともあってシリアスかつ生真面目(特にコンバージェンス convergenceという言葉の使い方は難しい)。3,700円という価格から言ってもメディア論・文化論の研究者向けの本で一般人向けではないのかもしれないが、キレの良い映画評をブログで楽しませてもらっている北村紗衣氏がかねてからブログ記事で取り上げ翻訳も分担されたことから思いきって手を出してしまった。とはいえ、実際の参加者の声を丹念に拾って描かれたそれぞれのファン活動は、コンテンツとコミュニティが持つ個性を際立たせて描き出していて、ルポルタージュ的な読み物としてしっかり楽しめた。

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感想:高山羽根子『暗闇にレンズ』

「暗闇にレンズ」が浮かんで見つめているというイメージが不穏。

一人称の女子高生パートのSideAと明治時代から始まる母娘たちの映像に関わる人生を追うSideB、いずれもレンズという「眼」を意識するとやはり不穏さが募って展開にハラハラさせられる。さらに、正体不明な映像兵器についての偽史エピソードの数々に不気味さが募る。

自在に組み合わされたさまざまなエピソードの陰影のコントラストに、小説で描かれた映像、という印象を受けた。大森望がプリーストの『隣接界』になぞらえた(WEB本の雑誌・新刊めったくたガイド)のも納得。

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感想:ジェイコブ・ソール 『帳簿の世界史』

人類の歴史の中でも、これほど進歩が遅い技術分野は珍しいのでは。「すばらしく輝かしく、途方もなく大変で、圧倒的な力を持ち、しかし実行不能」(ディケンズ)という帳簿・会計の歴史をたどると、会計をうまく扱って成功するには生活・文化の一部に溶け込むほどの「ルール化」が必要。そんなことをできる人間は多くなく、いい加減になって失敗するという繰り返し。現代では超複雑化してしまって把握不能(だから悪事の温床となる)という段階まで来てしまい、あとは、仮想通貨・暗号資産化してAIにお任せするしかないのかもしれない。

『帳簿の世界史』と言いつつ西洋史だよな、という他の方の指摘に同感。おまけとして編集部による日本の帳簿の歴史についての簡単な記載があるのはいいとして、日本には独自の帳簿の「発明」があって複式簿記相当が使用されていたとか、しかしゼロが使用されていなかったとか、その歴史から西洋式簿記への移行が済んだと言われると、もっと詳しく知りたくなる。網野善彦氏の『日本の歴史を読み直す』に描かれていた非農本主義的日本、という歴史の見方にもかかわりそう。

あと、複式簿記が地中海や欧州内貿易から生まれたという話に対して、イスラム商人やインド商人が活躍したというアラビア海やインド洋の貿易では、どんな帳簿が使われたのか知りたくなった。この本ではキリスト教と帳簿の関係についてかなり触れられているけど、イスラム教も商業についてはいろいろうるさいみたいだし。

感想:ジミー・ソニ, ロブ・グッドマン『クロード・シャノン 情報時代を発明した男』

情報について学ぶと教科書の一番最初に出てくるシャノン。そのシャノンの伝記が出たというので読んでみた。デジタルとビットの概念を見出したシャノンは、コンピューターとインターネットの歴史の最重要人物だろう。そのシャノンの伝記というものが2017年に刊行された本書以外見当たらないのが不思議だったが、読んでみてなんとなく納得した。ようするに、学問的業績以外はこれといって逸話が無い人物なわけだ。

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感想:ケイト・ウィルヘルム『鳥の歌いまは絶え』

名訳タイトルが心に刺さるディストピアSFの名作。 破滅から逃れるため生み出され高度な共感能力で排他的に結び付くクローンたちと、様々な経緯で「個」として生きるしかなくなった人々の相克が三部に渡って描かれる。個と集団の葛藤というのは、アメリカ建国以来、今現在に至るまで続くアメリカ人の頭痛の種なのだろうけど、異分子として排斥される第二部のモリー・第三部のマーク親子の立場がマリアやキリストを裏返した形で描かれる極めて重いものとして描かれていることを考えると、この問題の痛切さに改めて気づかされる。

また、この作品の優れた叙情性の部分について、日本人としては忘れがたい名邦題や三部それぞれでじっくり描きこまれた人間関係から味わうのだろうけど、アメリカ人にとっては舞台設定からも「来る」ところがあるのかもしれない。舞台となるシェナンドア渓谷・川は、名曲「カントリー・ロード」の冒頭で唄われる心の故郷なのだから。

 

感想:マーサ・ウェルズ『マーダーボット・ダイアリー』

弊機、という一人称が発明されたという紹介を読んで、一発で読みたくなった。他人の行動がうっとおしくて、見られたり触られたりするのが嫌。好きなのはドラマを視ることだけで、知っている常識はドラマから学んだことだけ。ってまるで、***のことみたいだ。でも、約束を守るために傷ついても戦う姿は典型的ハードボイルド主人公。

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2019年に読んだ本

2019年はここ数年の中ではかなり本を読んだ。

10年ほど「小説家になろう」にはまっていたのが、ようやく抜け出してきたみたい。

年末から年越しで『零號琴』を読んだのに始まり、『三体』『なめらかな世界と、その敵』『息吹』といったSF界隈(大森望界隈?)における話題作を一通り読むことができた。

『ブルーマーズ』や『図書室の魔法』のような気になっていた積読本を読むことができたのも良かった。

振り返ってみると、特に印象に残った本は、『七人のイヴ』。なんだかんだ言って、テクノロジー力技を全開で駆使した大胆な展開は、予定調和的であるからこそわかりやすくて記憶に残る。

2019年刊行本のベストは、やはり『息吹』かな。表題作のラストは1年の締めくくりにふさわしい厳かさがあった。

 

2019年の読書メーター
読んだ本の数:60
読んだページ数:21110
ナイス数:499

 

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