メディヘン5

時々書く読書感想blog

感想:ジャック・ヴァンス『奇跡なす者たち』

国書刊行会未来の文学>シリーズの一冊として出版されたジャック・ヴァンス傑作選。朝倉久志氏の遺訳5編(うち初訳2編)を含む全8編を収録。既訳作品も全て全面改訳、16ページもあるヴァンス評伝+収録作解題+ヴァンス全著作リスト8ページという豪華版「訳者あとがき(酒井昭伸氏)」付きという完全保存版。

ジャック・ヴァンス。通好みというか玄人好みというか、「一筋縄ではいかない」という印象があって、なんとなく避けてきた作家。中学か高校のころに<魔王子>シリーズを図書館で借りて読んだような気がするものの印象に残っていない。2006年に『竜を駆る種族』を読んでブログに感想を書いているけれども、「高揚も戦慄もない、ただ異様で暗鬱な世界」という印象で、あまり楽しめていない。

そのヴァンスに、『シャンブロウ』を読んだ勢いのまま、オールドSF繋がりということで挑戦することにした。

今回読んでみて、ストーリーに盛り込むアイデアに力を入れるより、異文化描写のオリジナリティにエネルギーが注ぎ込むヴァンスの特徴と魅力("文化異類学"SF:訳者あとがきより)がよく理解できた。これは、ストーリーテリングの巧みさでページをどんどん捲らせるタイプの作品を好んで読んできた自分とは相性が悪かったんだろうと思う。その自分も歳を取って描写を楽しむような読書ができるようになり、この作品集は楽しく読むことができた。短編集というのも良くて、一晩に一篇か二編をゆっくり味わいながら読んだ。

各作品、ストーリー展開に驚くようなところはなく、名作ショートショートの切れ味鋭いどんでん返しを好むような人にはものたりなく感じされるのでは。しかし、各作品に登場する事物や風習、あるいは光景の描写には、まずその豊かさに圧倒され、そしてその色合いの異様さに戦慄させられる。

例えば、描写の豊かさという点では、まず巻頭収録作「フィルクスの陶匠」の書き出しの焼き物描写で先制パンチを食らった。少し長いが、あまりに印象的だったので引用してしまおう。

 トームのデスクに飾ってある黄色の大鉢は、高さが一フィート、高台の径が八フィートあり、腰から急角度に立ち上がって、口径では一フィートほどに広がっていた。胴の描く素朴局面は、凛として切れ味鋭く、艶麗このうえない。薄作りなのに脆そうな印象は与えず、力のみなぎる胴張りはむしろ覇気すら感じさせる。
 作行きの見事さに勝るとも劣らないのは、その釉調の美しさだ。神々しいほどに澄んだ黄色は、真夏の残照ような輝きを発している。マリーゴールドの豊かな山吹色と、サフランの雌蘂から進出させた浅い黄色。その両者の色味を併せ持つ美しい黄釉は、透明な黄金のようでもあり、みずからのうちに光の幕を織り込んでは放つ黄色いガラスのようでもありながら、レモンのような酸味を秘め、それいて花梨のゼリーのように甘く、陽光のようにきめこまかい。
「フィルクスの陶匠」酒井昭伸

SFの短編集と思えない書き出しで何が起きたのかと思ったが、これ一発でヴァンスの術中にはまった気分。

他にも、「音」の日替わりで色が変わる太陽に照らされる世界の光景、「月の蛾」の社会的立場に応じて付け替えられる仮面や相手により使い分けられる会話用楽器など、短編にこれだけ詰め込まれるのか!と驚くほど描写のバリエーションが豊かでそれぞれが魅力的だった。

また、異様さという点で印象に残る作品は多い。「ミトル」「無因果世界」の不条理世界を生々しく描き出す描写、「保護色」の生態系改変戦争の攻防を不条理さのレベルまで持っていくエスカレーション描写あたりが特に印象に残った。

どの作品も印象深いけれども、一篇好みをあげるとすれば、独特のユーモアが色濃い「最後の城」か。

荒れ模様の夏の夕暮れ、ようやく太陽が黒い襤褸切れに似た雨雲から顔をのぞかせるころ、ジャニール城は陥落し、城の住人たちは全滅した。
「最後の城」浅倉久志

という、陰鬱な出だしから始まるこの作品、大まかなストーリーの流れは、「奇跡なす者たち」と同様、テクノロジーを扱う能力を喪失しながら堅固な城で累代の暮らしを続けている人々の破滅を描いたもの。ただ、その城で暮らす貴族たちの描き分けに職人芸が発揮されており、次第にキャラクターにのめり込んでしまう。「奇跡なす者たち」に比べユーモア成分がわかりやすいところが気に入った。