メディヘン5

時々書く読書感想blog

感想:アダム・ロバーツ『ジャック・グラス伝』

ミエヴィルもストロスも日本では当分新作が出そうに無い、しかし何か(近年の)英国SFが読みたい……ということで、名前は聞くけど読んだことのない作家であるアダム・ロバーツの本書を注文した。読んでみたら、英国SF云々とは別の意味で、大変、面白かった。

ロバーツについては、訳者あとがきも含め、奇想のバカSFっぽさがバリントン・J・ベイリーを思わせるという評を見かける。もう少し言葉を足して自分の感覚を説明すると、この作品は、SF的奇想+犯罪/暴力+熱狂/狂信/偏執というアルフレッド・ベスター『虎よ、虎よ!』に連なる系譜の一族ということになるのではないかと思う。ベイリーもそうだけど、『マルドウック・スクランブル』のシリーズもこの一族だろうし、ウィリアム・ギブスンの長編も捻った形でこの一族なんだろうと思っている。要するに、ベスター、ベイリー、冲方丁、ギブスンといったあたりが好きなんだけど、アダム・ロバーツもこれに加わりそうだ。こういう作品が好きなんだ、という自分の好みを再確認させてくれた意味でも、この作品はありがたかった。

 冒頭の語りで、ジャック・グラスによる3件の密室殺人が描かれる三部構成の物語であることが明記される。第1部「箱の中」は、7人の男たちだけが登場する小惑星監獄からの脱獄話。第2部「超光速殺人」は、打って変わって、太陽系を支配する上流階級の跡取り娘ダイアナが探偵役となる殺人ミステリー。第3部「ありえない銃」は、ジャック・グラスとダイアナの旅の中で起きる不可解な殺人の話。第1部・第2部ではジャック・グラスの存在は隠されていて、どこに彼が潜んでいるのかを考えることになるし、第3部では殺人の手段、事件とジャック・グラスの関係が謎となる。

一見、無関係に併置された3つの殺人ミステリーだが、第一部「箱の中」がこの作品の大枠の構造を示唆する伏線となっているように思った。

第一部で示されているのは3点。ジャック・グラスは人を道具として使うということと、道具を完成させるために時間をかけるということ、そしてジャック・グラスとは単なる犯罪者ではなく太陽系の数兆人の人間を支配する独裁体制に対するより大きな脅威であるということ。これらの点を念頭に、第2部・第3部のジャックとダイアナの関係を見ていくと、最後に「太陽系の現状こそが解決すべき大いなる問題だ」と言って問題解決に特化した天才として生み出されたダイアナを送りだすまでの道のり自体がジャックが目指す革命への打ち手の一つであり、ダイアナを保護し導いた行動と第1部で執拗にガラス片を磨き上げるエピソードが見事に対比される。それだけではなく、さらには、そのダイアナが関わる一連の冒険そのものが冒頭の語り手を革命家として育てるための道具であることが明らかになる……なかなか見事な構成だと思うのだけど、純粋な殺人ミステリーとして見たら余計な要素かもしれない。

外部リンク

If this story suggests that his strengths are not those of a full-length novelist,

(この話が彼の強みは長編小説家のものではないことを示唆しているとしても、)

と書いている。どうもテッド・チャンは長編は書けないみたい、というのは同感。

 

  • Twitterに投稿された原書(ゴランツ版)の表紙。カッコいい!