メディヘン5

時々書く読書感想blog

読書メモ:アーシュラ・K・ル=グウィン『ファンタジーと言葉』

ル=グウィンによる物語論・創作論を中心としたエッセイ集。原書は2004年刊行(著者75歳、《西のはての年代記》三部作刊行開始前後のタイミングか)

それほど思い入れがある人では無いし、自分自身は創作しようというタイプでもないのだけど、読み流すには惜しい言葉が多かったので備忘録的に記録しておくことにした。

書名とエピグラフ

原書のタイトルは”THE WAVE IN THE MIND”で、巻頭に引用されたヴァージニア・ウルフの文章から取られている。

リズムは言葉よりはるかに深いところにある。ある光景、ある感情が心の中にこの波をつくりだすの。
ヴァージニア・ウルフ

ル=グウィンによれば、小説=物語はこの波から生み出されるものであり、(自分の中の)リズムが無いと書けないということが本書の中で繰り返し語られている。

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感想:アダム・ロバーツ『ジャック・グラス伝』

ミエヴィルもストロスも日本では当分新作が出そうに無い、しかし何か(近年の)英国SFが読みたい……ということで、名前は聞くけど読んだことのない作家であるアダム・ロバーツの本書を注文した。読んでみたら、英国SF云々とは別の意味で、大変、面白かった。

ロバーツについては、訳者あとがきも含め、奇想のバカSFっぽさがバリントン・J・ベイリーを思わせるという評を見かける。もう少し言葉を足して自分の感覚を説明すると、この作品は、SF的奇想+犯罪/暴力+熱狂/狂信/偏執というアルフレッド・ベスター『虎よ、虎よ!』に連なる系譜の一族ということになるのではないかと思う。ベイリーもそうだけど、『マルドウック・スクランブル』のシリーズもこの一族だろうし、ウィリアム・ギブスンの長編も捻った形でこの一族なんだろうと思っている。要するに、ベスター、ベイリー、冲方丁、ギブスンといったあたりが好きなんだけど、アダム・ロバーツもこれに加わりそうだ。こういう作品が好きなんだ、という自分の好みを再確認させてくれた意味でも、この作品はありがたかった。

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感想:ノーマン・マクレイ『フォン・ノイマンの生涯』

フォン・ノイマンというと、長い間、現在のコンピューターを定義したとも言えるノイマンアーキテクチャの提唱者としてしか知らなかった。しばらく前、フリーマン・ダイソンの息子ジョージが書いた『チューリングの大聖堂』を読み、計算機分野に収まらないフォン・ノイマンの才能について特に核兵器開発への関わりという点で気付かされ、その生涯の全体像を知りたいと思っていた。本書が文庫化されたので早速読んでみたが、数学、量子力学、経済学、ゲーム理論、気象学、ロケット開発……と幅広い分野で業績をあげた才能の凄まじさに圧倒された。

ノイマン(フォンと付くが、元からの貴族階級ではなく、やり手のビジネスマンだった父親が爵位を購入)は数学の天才で、その側面から各分野に貢献したということだが、その前提として、各分野のトップクラスの研究者と直接やりとりして問題を一瞬で理解し、さらに自らの主張を理解させるコミュニケーション能力がとてつもない。数学×コミュニケーションのモンスターだった、という印象を受けた。

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感想:新城カズマ『月を買った御婦人』伴名練編

ラノベ作家として知られる新城カズマ氏のSF系短編10編を集めた作品集。「日本SFの臨界点」というアンソロジーテーマに、ハヤカワ文庫JAなのに真っ赤な背表紙と気合い入りまくり。

サマー/タイム/トラベラー』から読み始めたニワカなので、編者・伴名練による、デビューから現在までの執筆歴27p、収録作品解題、長編・シリーズものを中心とした作品リスト/解説22pという構成の豪華解説がありがたかった。

収録作品は多彩なジャンルに渡ってどれも魅力的。看板背負った編者が力こぶで選んだだけのことはあって、どの作品も流石のクオリティで当たり外れなし。あえて一遍、自分の好みを選ぶと、物理的自然人とネット的架空人の狭間で揺れる少年少女の出会いと別れを描き、SF性と叙情性を併せ描いた「雨降りマージ」かな。

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感想:ジャック・ヴァンス『奇跡なす者たち』

国書刊行会未来の文学>シリーズの一冊として出版されたジャック・ヴァンス傑作選。朝倉久志氏の遺訳5編(うち初訳2編)を含む全8編を収録。既訳作品も全て全面改訳、16ページもあるヴァンス評伝+収録作解題+ヴァンス全著作リスト8ページという豪華版「訳者あとがき(酒井昭伸氏)」付きという完全保存版。

ジャック・ヴァンス。通好みというか玄人好みというか、「一筋縄ではいかない」という印象があって、なんとなく避けてきた作家。中学か高校のころに<魔王子>シリーズを図書館で借りて読んだような気がするものの印象に残っていない。2006年に『竜を駆る種族』を読んでブログに感想を書いているけれども、「高揚も戦慄もない、ただ異様で暗鬱な世界」という印象で、あまり楽しめていない。

そのヴァンスに、『シャンブロウ』を読んだ勢いのまま、オールドSF繋がりということで挑戦することにした。

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感想:C.L.ムーア『シャンブロウ』

なぜか忘れがたいノースウェスト・スミス。シャンブロウ、ノースウェスト・スミス、「地球の緑の丘」といった単語が基礎教養のように感じられるのは、思春期に野田昌宏氏のスペースオペラ話を読んで育ったからかも。一作目の「シャンブロウ」(1933)から最終作「短調の歌」(1940)まで<ノースウェスト・スミス>ものを網羅して、これ一冊読めばOKという素晴らしい短編集。

商業誌に発表された10篇は、起:NW・スミスが怪しげな何か(物や人)と出会う→承:幻想的な美女の登場→転:超自然的・超宇宙的な脅威の出現→結:熱線銃をぶっ放して脱出、というフォーマットが共通なのだが編集からの指示があったのだろうか。話の作りが同じなので飽きそうなのだけれど、導入部分(起パート)の作りがうまかったり、美女や脅威の描写が丁寧に書き込まれているので「また次も読みたい……」となってしまうのがさすが。

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感想:『こうしてあなたたちは時間戦争に負ける』 アマル・エル=モフタール,マックス・グラッドストーン

読む前の期待が膨らんでいたのだが、それを裏切られず満足。とにかくどこもかしこもエモいエモSFだった。

まず、タイトルがエモい。時間戦争というとただでさえ失われる時間線をめぐる喪失感や時間を隔てた出会いと別れといったエモさがあるのに、さらに「負ける」という言葉がそれを強調。このタイトルから予感されるエモさは、物語のラストできっちり回収され満足感を感じた。

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