メディヘン5

時々書く読書感想blog

「主人公自身の謎」に導かれる超展開SF三選:『プロジェクト・ヘイル・メアリー』『レッド・リバー・セブン:ワン・ミッション』『反転領域』

SFを含むエンタメ作品の多くは、主人公の人物像を冒頭からはっきりさせていることが多いように思います。読者としても、物語を読む視点を定め、感情移入していくには、主人公の人間像がイメージできた方が楽です。ですので、主人公の立場をあいまいなにしたまま読者を物語に引き込むには、作者にかなりの腕前が必要そうです。

そういう難しさがあるのに、主人公の身の上や立場が謎のまま物語が進み、しかもグイグイ引き込まれてしまうという名人芸的腕前を楽しませてくれる。今回はそんなSF作品を取り上げます。

アンディ・ウィアー『プロジェクト・ヘイル・メアリー』

「わずかなりとも事前情報に触れるべからず」というキャッチフレーズ(?)で有名な『プロジェクト・ヘイル・メアリー』。この作品は、主人公が記憶を失った状態で目覚めるシーンから始まります。自分は何者なのか、どこにいるのか、なぜそこにいるのか、主人公自身にも一切不明。主人公をめぐる5W1Hすべてが謎です。

作者ウィアーが上手いなぁと思うのは、この謎を主人公自身が一つ一つ解き明かしていくステップが、ストーリーの導入の「つかみ」として魅力的に機能しているところです。さらに、このステップの一つ一つから、主人公の人となりが頭に入ってくるので、その後の予想のつかない展開も安心して楽しめます。SFに慣れていない人にも自信をもっておすすめできる、現代のSFのスタンダードがこの作品ではないでしょうか。

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『精霊を統べる者』に登場するロケーションをGoogleマップにプロットしてみた

歴史改変された20世紀初頭のエジプトの首都カイロを舞台に、男装の女性エージェント・ファトマが活躍するスチームパンク活劇、 P・ジェリ・クラーク『精霊を統べる者』には、現実のカイロの地名が多数登場します。

地名に馴染みもなく、距離感もつかみにくかったので、登場したロケーションをGoogleマップにプロットしてみました。現実の場所と登場ロケーションの対応には、推測・想像も含まれていますので、その点を割り引いてご覧ください。

カイロの位置

まず、舞台であるカイロの位置から。下の地図の真ん中左手にカイロがあり、東(右側)の方にイスラエルとヨルダン。

カイロの位置
カイロのすぐ北側からナイル川の大デルタ地帯が始まり、海沿いには、エージェント・ハディアの前任地アレクサンドリアがあります。

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英国SF作家たちが推すニュー・スペースオペラのマイルストーン M・ジョン・ハリスン『ライト』

好きな作家が推薦している小説って読みたくなりますか?
私は、好みの作家や書評家の推薦が帯に書かれていたりすると、ついつい買っちゃうタイプです。

英国SF作家たちの推薦コメント

今回紹介するM・ジョン・ハリスンの『ライト』は、アレステア・レナルズスティーヴン・バクスターニール・ゲイマンといった英国SF界の有名作家たちがコメントを寄せています。そのコメントが、カバーの後側のソデに載せられているのですが、他の作家の推薦コメントが帯だけではなくソデにもあるって珍しんじゃないでしょうか。

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感想:『ヴィリコニウム』M・ジョン・ハリスン 陰鬱な美意識で描かれたニュー・ヒロイック・ファンタジーの古典

星に届くに至った技術文明が衰退した後、中世的な状態に戻った世界を描く連作作品集です。

過去の遺産をかろうじて受け継ぐ都市・ヴィリコニウム、別名・パステル都市の王の下に人々が集まり、<褐色の大廃原>や<錆の砂漠>といった荒野から発掘される廃棄物から再生した武器を使って争っているというのが連作の背景となる世界観。著者のM・ジョン・ハリスンは、このヴィリコニウムの世界観に属する作品を1971年から1980年代にかけて書き続けました。2022年に日本で独自に出版されたこの作品集には、1971年に最初に書かれた短めの長編『パステル都市』と、他に4編の短編が収められています。

 

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感想:『シリコンバレーのドローン海賊』 サイエンス・フィクションらしいSFの短編集

古典的なSF=サイエンス・フィクションの定義には、現在の状況と科学技術の動向から未来社会を予想して描く小説、というような定義があったと思う。この短編集の原題は"TOMORROW'S PARTIES: Life in the Anthropocene"で、TOMORROWのLifeを描くというまさに科学技術の観点で未来社会を描く直球の古典的サイエンス・フィクション。懐かしいというか一周回ってうれしい驚きを感じたSF短編集だった。一方で寄稿している作家の半数は米国外、登場人物の雰囲気も現代的で古臭さを感じる作品はなかった。全体に丁寧な翻訳で読みやすく現代海外SFの入門書としていいかもしれない。

以下、収録された各作品について収録順に紹介と感想を書いていくことにするけれども、ストーリーにも触れたいので、ネタバレを気にする方はご注意ください。

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感想:アダム・ロバーツ『ジャック・グラス伝』

ミエヴィルもストロスも日本では当分新作が出そうに無い、しかし何か(近年の)英国SFが読みたい……ということで、名前は聞くけど読んだことのない作家であるアダム・ロバーツの本書を注文した。読んでみたら、英国SF云々とは別の意味で、大変、面白かった。

ロバーツについては、訳者あとがきも含め、奇想のバカSFっぽさがバリントン・J・ベイリーを思わせるという評を見かける。もう少し言葉を足して自分の感覚を説明すると、この作品は、SF的奇想+犯罪/暴力+熱狂/狂信/偏執というアルフレッド・ベスター『虎よ、虎よ!』に連なる系譜の一族ということになるのではないかと思う。ベイリーもそうだけど、『マルドウック・スクランブル』のシリーズもこの一族だろうし、ウィリアム・ギブスンの長編も捻った形でこの一族なんだろうと思っている。要するに、ベスター、ベイリー、冲方丁、ギブスンといったあたりが好きなんだけど、アダム・ロバーツもこれに加わりそうだ。こういう作品が好きなんだ、という自分の好みを再確認させてくれた意味でも、この作品はありがたかった。

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