SFを含むエンタメ作品の多くは、主人公の人物像を冒頭からはっきりさせていることが多いように思います。読者としても、物語を読む視点を定め、感情移入していくには、主人公の人間像がイメージできた方が楽です。ですので、主人公の立場をあいまいなにしたまま読者を物語に引き込むには、作者にかなりの腕前が必要そうです。
そういう難しさがあるのに、主人公の身の上や立場が謎のまま物語が進み、しかもグイグイ引き込まれてしまうという名人芸的腕前を楽しませてくれる。今回はそんなSF作品を取り上げます。
アンディ・ウィアー『プロジェクト・ヘイル・メアリー』
「わずかなりとも事前情報に触れるべからず」というキャッチフレーズ(?)で有名な『プロジェクト・ヘイル・メアリー』。この作品は、主人公が記憶を失った状態で目覚めるシーンから始まります。自分は何者なのか、どこにいるのか、なぜそこにいるのか、主人公自身にも一切不明。主人公をめぐる5W1Hすべてが謎です。
作者ウィアーが上手いなぁと思うのは、この謎を主人公自身が一つ一つ解き明かしていくステップが、ストーリーの導入の「つかみ」として魅力的に機能しているところです。さらに、このステップの一つ一つから、主人公の人となりが頭に入ってくるので、その後の予想のつかない展開も安心して楽しめます。SFに慣れていない人にも自信をもっておすすめできる、現代のSFのスタンダードがこの作品ではないでしょうか。
続きを読む





