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時々書く読書感想blog

佐藤賢一『オクシタニア』 南仏は雅な世界

推理小説はほとんど読まないのだが、なぜか笠井潔の<矢吹駆シリーズ>だけは、全巻集めている。その第2巻『サマー・アポカリプス』は、南仏一帯を舞台とし、キリスト教の異端として中世に滅ぼされた“カタリ派”をモチーフにしている。『サマー・アポカリプス』を読んで以来、中世の南仏一帯とカタリ派というものに漠然とした興味をいだいてきた。偶然、中世ヨーロッパ歴史小説の雄、佐藤賢一氏がカタリ派をテーマにした小説を書かれていることに気づいたので、読んでみることに。

オクシタニア
オクシタニア
posted with 簡単リンクくん at 2006. 7.30
佐藤 賢一著
集英社 (2003.7)
ISBN : 4087753077
価格 : ?2,520
通常2-3日以内に発送します。

■あらすじ

時は13世紀。英仏百年戦争によって、フランスの中央集権体制が強化される前の時代。舞台は、トゥールーズを中心とする南仏。この一帯は、「はい」が「オック」となるオック語圏(“ラングドック”)であり、オクシタニアとも呼ばれる。(一方、北部フランスは、オイル語圏(“ラングドイル”)とも呼ばれる)。

当時のオクシタニアは、アルビジョワ派あるいはカタリ派と呼ばれるキリスト教の宗派が栄えており、これを良しとしない当時のローマ・カソリック法王イノケンティウス三世が、アルビジョワ派廃滅を目指すアルビジョワ十字軍派遣を命ずる、というところから物語が始まる。

主な登場人物は、4人の男女。最初に登場するのは、アルビジョワ十字軍に参加し、ついにはその総帥に任ぜられた北部フランスの一領主、シモン・ドゥ・モンフォール。それに対するのは、オクシタニアの中心・「薔薇色の都」トゥールーズオック語では“トレサ”)を治めるトレサ伯ラモン七世。そして、共にトゥールーズの名家出身の幼なじみ同士の男女、エドモンとジラルダ。

物語は、戦争と信仰に翻弄される彼ら4人の運命を通して、オクシタニアの滅亡への道のりを描く。

■感想

主要登場人物4人は、それぞれ、小説の登場人物らしく数奇な運命を辿る。かれらは、現代人同様、現世の利にさとい、どちらかというと信仰心の薄い人々として登場する。しかし、戦争の中で、逆らえない状況に全力に逆らううち、いつしか、神の御業を視るようになる。

登場人物達の物語を通して感じたのは、「奇跡は存在する」ということ。この物語の中では、「奇跡」というのものが物理的にありえるものか、ありえないものかは問題とはならない。人を、死をも恐れぬ行動に駆り立てるものが「奇跡」なのである。すなわち、「ありえる/ありえない」ということで言えば、人間の精神を普通はありえない方向に導くものが、奇跡ということになるわけだ。そして、極限状態に置かれた人間の精神をありえぬ方向へ導くものは、単なる偶然や他人の言動、そして男女お互いへの愛、などで十分なのだ。結ばれえぬ運命に直面させられた男女2人が、「奇跡」を通して自分たちの愛を確信するラストは、感動的だった。

ハードカバーで600ページという分厚い物語であり、扱われているモチーフがキリスト教信仰という、かなり「もたれそう」な小説だったが、息切れせずに読み通すことができた。これは、主要登場人物の性格の描き込みが見事であると同時に、オクシタニアの言葉(オック語)を上方ことばで表すといった、著者の工夫がうまく効いているからだろう。(当時のフランスは、北部は武辺一辺倒の無骨者の社会であり、南部は地中海交易からの富に溢れる雅な社会、ということらしい) この小説を読んで、学校で習う欧州史では大きく取り上げられない南仏からスペイン北西部(カタロニア地方)一帯への興味がますます膨らんできた。