メディヘン5

時々書く読書感想blog

ニール・スティーブンスン『ダイヤモンド・エイジ』

正月休み前にまとめて購入した1冊。
正月休み中に読み始めて、先日、カゼをひく前にようやく読み終わったもの。休みに家で読むより、通勤中に読んだ方が読むスピードが速い。休みとは言え、家にいると意外とまとまった時間がとりにくいので、短くとも必ず時間がとれる通勤の時の方が結局はページが進むというのは仕方が無い。しかし、どうしても読み方がコマ切れになってしまうのはなんとかならないものか……

ダイヤモンド・エイジ
ニール・スティーヴンスン著 / 日暮 雅通訳
早川書房 (2001.12)
ISBN : 4152083859
価格 : ¥3,150
通常2-3日以内に発送します。

■あらすじ

詳しいあらすじは、上記bk1のページのレビューなどに譲りましょう。ザクッとまとめてしまえば、日常のすみずみに普及したナノテクノロジーにより生産の概念が変化した社会を舞台に、読み手を主人公とした物語を自動的に生み出していく”プライマー”なるインタラクティブ・ソフトによって育てられた貧しい少女、ネルの成長譚、ということになるでしょうか。

このネル自身の冒険と、”プライマー”が生み出すプリンセス・ネルの物語が交互に語られ、ストーリーが進みます。しかし、曲者のスティーブンスンの作品ですので、話は単純な成長/冒険物語にとどまりません。ネルを巡るメインのラインに、さらに、いくつかの政治/経済集団の思惑に巻き込まれた”プライマー”の開発者ハックワースの物語が絡む、複雑な物語構成になっています。さらに、ナノテクの応用を作家の想像力で突き進めた刺激的・魅惑的な未来社会の描写がふんだんに盛り込まれ、かなりの大部となっていますが、最後まで飽きる事はありませんでした。

■感想

さて、ネル/プリンセス・ネルの物語は、”プライマー”の設定からして相互に影響しあうわけですが、その対応関係の根幹には、逆境に置かれた人間の成長にとって何が必要かという著者の考えがあることになります。この作品では、作者スティーブンスンは、その根本哲学に英国の”ヴィクトリア朝文化”を持ってきた上で、さらに中国の儒教文化を重要な対置物として配置しています。それぞれの文化について、あまり詳しくないので、単にその表面的な対比のうまさに感心する程度になってしまったのですが、それぞれの文化についてもう少し詳しければより、楽しめたのかもしれません。

著者のスティーブンスンは、1992年発表の『スノウ・クラッシュ』(邦訳2001)で一躍、脚光を浴びた人。コンピューターやネットワークに造詣が深いようで、ネットワーク=暗号と喝破し、第2次大戦から現代に渡る大暗号冒険小説『クリプトノミコン』を1999年(邦訳2002)に発表しています。コンピューターに詳しいSF作家というと、ヴァーナー・ヴィンジやルディ・ラッカーらが有名だと思います。特にヴィンジは、創元から出た『最果ての銀河船団』や『遠き神々の炎』でも、ある種伝統的で手堅い考え方に基づいて、情報処理やソフト構築というものの泥臭さを、壮大なスケールのスペースオペラにうまく盛り込んでくれています(その現実的感覚には、その業界の人間からすると身につまされて涙が出るほど)。一方、このスティーブンスンは、インターネット世代のSF作家では、一番情報技術に詳しい人なのかもしれません。この作品でも、コンピューターが提供する「インタラクティブさ」の限界や、ネット上での並列処理の可能性をうまく表現しており、そういった点でも興味深いものがありました。

ただ、どうもスティーブンスンは、ウンチクも含めた物語途中の書き込みの熱意とは逆に、終盤の作りは淡白なタイプのよう。最後は一気に予定調和に駆け込んでしまい、大長編のクライマックスとしてはラストが盛り上がらないところが難に感じました。本書の紹介に、『ニューロマンサー』の”近未来”に『ハイペリオン』の”叙事詩”をリミックス、とあるのですが、それは言い過ぎかも。

■関連リンク

- ニール・スティーヴンスン@木戸英判のホームページ
 『ダイヤモンド・エイジ』の他に『スノウ・クラッシュ』、『クリプトノミコン』の感想も。
- SF的教育論@POW
 ”プライマー”を中心とした教育論に着目した感想。
- April,21,2002@航天機構
 この作品は、既に古い、とのこと。うん、問題解決の方法がしょぼいというのは、うなづけるんだけど……