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時々書く読書感想blog

佐藤亜紀『1809』 ハードボイルドと貴族趣味

以前、「この本読みたひ」というカテゴリーの記事で触れた後、休眠中に読んだまま感想を書かずに放っておいたもの。ハトキャンプさんのblogからTBをいただいたのを機に、感想を書いてみることにした。

1809
1809
posted with 簡単リンクくん at 2006. 8. 1
佐藤 亜紀著
文芸春秋 (2000.8)
ISBN : 416764701X
価格 : ?580
この本は現在お取り扱いできません。

■あらすじ

時は、1809年。舞台は仏軍占領下のウィーン。増水したドナウ川への仮設橋の架橋を徹夜で成し遂げた仏軍工兵隊のバスキ大尉は、資材調達がらみのトラブルを追ううちに殺人事件に巻き込まれる。殺人犯の濡れ衣をかけられたバスキを救ったのは、敵であるはずオーストリア貴族・ウストリツキ公爵だった。公爵とその美貌の愛人の魅力の前に、バスキ大尉はフランス・オーストリア両国の秘密警察も関わる危険な陰謀に巻き込まれていく・・・・・・

■感想

一種の歴史物として読み進むうちに、いつしかチャンドラーのハードボイルドを読んでいるような気分になってきた。その原因は主人公の雰囲気。
 
主人公であるバスキは工兵隊士官として設定されており、架橋や爆破における無鉄砲といっても良い無謀な勇気と、技術者としての知性を兼ね備えた人物であることが、繰り返し描かれる。これは19世紀初頭の工兵士官としては、未成熟な技術を補う度胸と、ようやく発達を開始した工学技術に関する知見を兼ね備えなければならないわけで、説得力のある人物像に思えた。
 
また、バスキの場合、物語の場に至る過去の経験が“無謀な勇気”に結びついていることが暗示される。このニヒルな雰囲気と技術者としての合理性、そして、(やっぱり)美人に弱いあたりが、チャンドラー描くところの20世紀初頭・米国西海岸の大都市に暮らす私立探偵を思わせる、というわけ。
 
ハードボイルドとして読むと、悲劇的な美女と自らの裡の掟の間をさまよう主人公という類型に対し、ウストリツキ公爵のキャラクターの特異性が際立つ。ナポレオン率いる仏軍と、その占領下のウィーンという独特な題材も、0から世界をまるごと構築してしまうエンタメ小説群になれた身としては、取り立てて云々することもないように思われるところ。しかし、確かな筆力で描き出された残照の大帝国の貴族の退廃と虚無には、そのあたりのエンタメには無い陰影に溢れた魅力を感じた。


1809 ナポレオン暗殺」および「1809」補足@ハトキャンプ
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クリスティアーネ→ユマ・サーマン案には納得。しかし、バスキ→キアヌ・リーブスというのは・・・・・・美形云々はともかく、もう少しくたびれかけた年頃のような気が。