メディヘン5

時々書く読書感想blog

サン・テグジュペリ『人間の土地』『夜間飛行』 飛ぶほどに冴える眼差し

ある日の信愛書店、海外作品文庫本コーナーの書棚中頃に、宮崎駿氏の手によるものらしきカバーの2冊が表紙を表に並べられておりました。『夜間飛行』は持っているような気がするなぁ、と思いつつ、宮崎表紙版もいいかも、と思わず2册ともゲット。

人間の土地 (新潮文庫)

人間の土地 (新潮文庫)

夜間飛行 (新潮文庫)

夜間飛行 (新潮文庫)

■内容

『人間の土地』は、サン・テグジュペリの郵便飛行機パイロットとしての体験に基づく自伝的エッセイ。宮崎駿氏の解説と氏のイラストによる郵便飛行機の航路図もついていて、宮崎ファンにもお得。

『夜間飛行』は、郵便飛行機事業を巡る短編小説2編、南米路線における一夜の出来事を描いた「夜間飛行」と、著者の処女作「南方郵便機」をアンドレ・ジッドやブークレル(誰それ?)の序文とともに収録。

■感想

2冊同時に買ってきて、『人間の土地』から読み始めたのだけれども、これが自分には正解だったような気がする。

『人間の土地』は、サン・テグジュペリの郵便飛行機パイロットとしての初飛行の話から始まり、当時の英雄の一種であろう郵便パイロット達や空を飛ぶことについて、彼の体験が語られる。続いて、空から見た地表の姿や、降り立った土地土地に住む人々へと話題が移り、クライマックスとして、サン・テグジュペリ九死に一生を得た砂漠での遭難と生還の顛末が語られる。そして、ラストの「人間」という章では、そこまでに書かれた彼の体験に基づく哲学として、人と人との結びつきの貴重さが語られる。

本書が発表されたのは、1939年つまり第2次大戦開戦の年。その時39歳を迎え、既に「南方郵便機(1929)」「夜間飛行機(1931)」により、パイロット出身作家として評価を受けていたであろうサン・テグジュペリが、そのタイミングで発表するエッセイとして、『人間の土地』の構成と内容は極めてわかりやすく、当時の読者に対して効果的だったろう。発表後、母国フランスで賞を受け、アメリカでもベストセラーとなったというのもうなずける。

しかしながら、サン・テグジュペリの示す洞察には、黎明期の職業飛行士としての特異な体験に基づく、単なる著名人の平和メッセージというレベルにはとどまらない奥深さを感じさせられた。

ときどき見かける意見だが、アポロが撮影した地球全体の写真により、人々の視野が大きく拡がったという見方がある。確かに、第2次大戦以前の人々の著作には、生活圏や国家といったワクにとらわれた視野の狭さを感じることがある。一方、この『人間の土地』でのサン・テグジュペリの視野は、飛行することで通常の生活圏を一気に飛び越え、国家間の郵便事業に携わることで国境を越えている。

もちろん、サン・テグジュペリのメッセージに深くしみ込むような印象を受けるのは、あの『星の王子様』につながる美意識が込められた美しい文章によるところも大きいのだろう。立花隆『宇宙からの帰還』の中に、“芸術塚や詩人が宇宙を訪れたら、なにを表現するか”というような一節があったような気がするが、飛行家サン・テグジュペリの文章に、そのヒントがあるのかもしれない。


で、こうした作者の半生や考え方を知った上で、『夜間飛行』の2編を読むと、またおもしろいでのある。

昔、『夜間飛行』を読んだ時には、訳文の格調高さもあって、何を言いたいのか今ひとつピンとこないところがあった。しかし、『人間の土地』の後に読むと、困難な仕事を推進する郵便事業の責任者と、遭難したパイロットの若妻を対比させた「夜間飛行」には、人間の価値というものに対してサン・テグジュペリの独自の考えが込められていることが強く感じられのである。というわけで、この2冊を同時に手に取ったら、『人間の土地』から読むのが私のお薦め。


ところで、もちろん、プロペラ飛行機の飛行に関する活き活きとした、あるいは不安に満ちた描写も、この2冊には満載。宮崎駿が『ナウシカ』『ラピュタ』『紅の豚』……といった作品で描き出した飛行シーンはこういう雰囲気を目指していたのか、と思わされる部分が随所にあり、宮崎ファンや飛行機ファンにも、サン・テグジュペリのこの二作はお薦めできると思う。

かなり気に入ってしまって、しばらくカバンの中に入れて持ち歩きたい心境。

■関連リンク

『人間の土地』サン=テグジュペリ・堀口大学訳/かっこいいということは@物語三昧
『人間の土地』の影響で、プロペラ機のライセンスを取るまでにいたった、というpetroniusさんによる紹介。
昔のパイロットという職業の属性は、非常に内省的で高潔で、自己規律と鍛錬に向いているようです

今回の2冊を読んで思いましたが、サン・テグジュペリの頃の郵便飛行機パイロットというのは、上にあげられた属性を備える他に、ひどく勇敢な人たちだったのだろうと感じました。何せ、航法システムもエンジンも貧弱な機体で夜間飛行するわけですから、ひょっとすると“無謀”という人がいるかもしれない、というほどに。航空郵便という事業の要請から、夜間も飛ぶ要請があったということはわかるのですが、なぜ、個々人のパイロットが、そこまで勇敢になれたのかというのが、知りたいところなのです。

松岡正剛の千夜千冊 『夜間飛行』
書評系有名HPでの紹介。『夜間飛行』のみならず、サン・テグジュペリの経歴、『人間の土地』や『星の王子さま』についても書かれています。書評言うたら、これくらい書かにゃイカーンというお手本。