飛浩隆『グラン・ヴァカンス』『ラギッド・ガール』官能・間脳・感応
<廃園の天使>シリーズ第二作目の『ラギッド・ガール』ようやく読了。
短編の二本目(表題作の「ラギッド・ガール」)まで読んだところで、一作目『グラン・ヴァカンス』を読んだときの感覚を結構忘れているのに気づき、こりゃもったいないと慌てて同書から読み直したのでありました。
■感想
数々のしかけがほどこされているように思われるこのシリーズ、官能というキーワードに引っかかっている。
作中、特に『グラン・ヴァカンス』では、“官能的”という形容が似合いそうな南仏の海岸が舞台だし、通常の“感覚”とか“エロティシズム”という意味でもこの言葉はけっこう頻繁に用いられている。『ラギッド・ガール』では、この言葉が直接使用されることは多くはないものの、どの短編にも独特なエロティシズムが充溢していて、多分に“官能的”。
また、シリーズの共通舞台となる仮想空間・“数値海岸”を成り立たせる基礎技術として、画素=ピクセルという現実の技術用語に例える形で“官能素”というものが登場するあたりも印象的。つまり、数値海岸は、画素空間ならぬ官能素空間というわけ。
一方、手近な辞書(たとえばgooの国語辞典)で“かんのう”という言葉を調べてみると、ぼろぼろと10個くらいの言葉が出てくる。
“官能”については、
かんのう くわん― 【官能】
(1)耳・鼻・目など、感覚器官の働き。
「―障害」
(2)感覚器官を通して得られる快さ。特に、性的な感覚にいう。
「―の喜び」「―をくすぐる」「―小説」
他に“間脳”というのもある。
かんのう ―なう 【間脳】
脊椎動物の脳の一部。大脳半球と中脳にはさまれた部分で、視床・視床上部・視床後部・視床下部からなる。嗅覚を除く感覚神経の中継中枢および自律神経系中枢がある。
かんのう=官能であり、同時に、かんのう=間脳=視床であると。視床といえば、『ラギッド・ガール』に登場する“視床カード”。“数値海岸”を支える基本的しかけであり、同時にストーリー中の悪夢的なイメージの引き金ともなる重要なアイテムではないですか。
偶然かもしれないけれども、こういうつながりがあると、もう一つの“かんのう”である“感応”などという言葉もキーワードとして重要そう。今後の続巻でどう関わってくるのか気になる。
かんのう ―おう 【感応】
(名)スル
〔「かんおう」の連声〕
(1)人々の信心に神仏がこたえること。
「天神の―を垂て/今昔 9」
(2)事に触れて心が感じ動くこと。
「此神社にて侍と聞ば、―殊しきりに覚えらる/奥の細道」
(3)電気・磁気の誘導の古い言い方。
それにしても、このシリーズ、「SFを読んでいてよかったと思える作品」とか「オールタイムベスト級」といったような常套句を使いたくなるほど魅力的。日本SFもとうとうここまで来たのか……などとも思ってしまう。
今回出版された『ラギッド・ガール』は短編集ということもあり、また、シリーズのSF設定を扱う作品が多かったこともあって、長編中心の本編の途中で“外伝”を読まされたような気分にもなった。そこはちょっと残念なところで、早く次の長編を読みたくてしかたがない。