ウォルター・ウェストン『日本アルプスの登山と探検』
別に登山好きというわけでもないのだけれど、探検物の古典を読みたくなって、岩波文庫の中で目についた本書を購入。
日本アルプスの登山と探検
posted with 簡単リンクくん at 2006.12.10
■内容
日本山岳会の結成を助け、また、日本アルプスを世界に紹介した本書を出版したことなどから、“日本アルプス”の父と呼ばれるウェストン(→Wikipedia)の日本アルプス登山記。同行の写真家の手による当時の日本の山々や、風物・人々の写真も掲載されている。
ウェストンは、明治24年〜27年の夏に計4回、日本アルプス一帯を訪れ、各地の名峰に登山した様子を記している。とりあげられている主な山々は以下の通り。
・明治24年(1891)
浅間山、槍ヶ岳、御岳、木曾駒、富士山
・明治25年(1892)
富士山、乗鞍岳、笠ヶ岳、槍ヶ岳、赤石山
・明治26年(1893)
恵那山、富士山、笠ヶ岳、穂高岳
・明治27年(1894)
大蓮華山(白馬岳)、笠ヶ岳、常念岳、御岳、身延山
本書の“解説”によると、この旅行記は、『日本旅行案内』という当時の英国人向けガイドブック掲載のために取材されたもので、1896年に英国で、単行本として出版された。“日本アルプス(Japanese Alps)”という言葉を標題に使った世界初の書籍とのこと。
■感想
やあ、これは好人物の書いた良い本だ、というのが一読後の素直な感想。
いかにも19世紀のアウトドア派知識人が書いたという感じの、格調は高いがもったいぶったところのない風景描写が、まず一番の魅力。少々長いけれども、引用してみると……
まったく予期しない眺望の展開だったから、そのすばらしさにはただただ驚くばかりだった。足もとには松本平がひろがり、その西には連峰の中央から南の部分が衝立のように立ちはだかって、飛騨の秘境を隠している。雪の縞をつけた尾根や、一万フィートを超えるみごとな山々が、乳白色(オパール)の夕空に紫の紫の輪郭をくっきりと浮きあがらせていた。日本のマッターホルンともいうべき槍ヶ岳や、ペニン・アルプスの女王ワイスホルンを小さくしたような、優美な三角形の常念岳、それからはるか南方にどっしりした乗鞍岳の双子峰。それぞれ特徴のある山の姿が私の目にやきついた。この部分は、旅行記の冒頭、1891年の夏に、上田から松本を目指して保福寺峠を上り詰めたところでの描写。このほか、全体に夏の日本のアルプスの爽快感あふれる様子が堪能でき、思わず山登りに出かけたくなってしまう。
それぞれの山への登山の記録というより、山々を巡る旅の過程全体を記した旅行記の体裁なので、途中で出会う土地の人々の様子を記した部分も多い。この点については、今時の旅行記風ガイドブックとさほど変わらず、「素朴で礼儀正しい現地の人々との交歓も楽しめます」的なエピソードがユーモラスに綴られている。一方で、宿泊客の宴会の騒がしさや、人力車などの値段交渉の難しさについては、何度も警告が述べられていて、これは本当に困ったのだろうなと思わされる。
旅の描写で読んでいて一番おもしろかったのは、各地の温泉の描写。山登りの合間に訪れる温泉なので、現地の人たちした訪れることの無い、今でいう秘湯ばかりが登場する。屋根しか無い質素な温泉に土地の人たちと混じって(?)つかり、「全身の節々がとろけそうになる」などと、英国人である著者がのたまっているので、すっかりおかしくなってしまう。
本書が始めて邦訳されたは、昭和8年(1933)とのこと。当時は、読みやすい口語体の登山記が日本にはなかったとのことで、本書もおおいに人気を博したらしいが、さもあらんというところ。