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時々書く読書感想blog

ジャック・ヴァンス『竜を駆る種族』暗鬱さの魅力

ジャック・ヴァンス・・・・・・“あの”が付くような伝説的SF作家だと思うのだけれども、今ひとつ作品の印象が無い。昔々に<魔王子>シリーズを読んだはずなんだが・・・・・・

そのヴァンス作品の新装刊ということで、期待して読んでみた。

竜を駆る種族
竜を駆る種族
posted with 簡単リンクくん at 2006.12.11
ジャック・ヴァンス
/ 浅倉 久志
早川書房 (2006.11)
ISBN : 4150115907
価格 : ¥693
通常24時間以内に発送します。


■あらすじ

時は遠い未来。いったんは星々に広がりつつも落魄の身となった人類が細々と暮らす惑星、エーリスが舞台。

エーリスの人類は、かつて人類を品種改良して使役する異星種族の侵略を受け、捨て身の戦いで辛くも撃退した歴史を持つ。その後エーリス人は、逆に、侵略撃退の際に捕虜にした異星種族を“竜”と名づけて品種改良。その“竜”を人間同士の戦争の主力兵器として利用しているのだった。

現在の惑星エーリスは、居住地域ごとの勢力に分かれた普通のヒトと、独特の戒律を持ち謎めいた生活を送る“波羅門”に分かれる。通常人の二大勢力であるジョアズ率いる<バンベック平>とカーコロが率いる<幸いの谷>は、それぞれ“竜”の軍勢を育成し、一触即発でにらみ合う状態。そんな中、ジョアズは、波羅門の謎めいた活動と、異星種族の故郷と言われる遊星の再接近の兆候に気づいた・・・・・・


■感想

ジョアズ一党vsカーコロ一党というヒト同士の戦い、さらに、人類対異星種族の戦いという構図それぞれに波羅門の暗躍が加わる、二重に三つ巴となった展開。そこで行われるのは、ヒトが育てた竜と、竜が育てたヒトがぶつかり合う、という異様な戦い。というわけで、ストーリー的にも描写的にも、いくらでも派手でおどろおどろしい書き方ができそうな設定なのだが、これが意外と盛り上がらない。

ジョアズ、カーコロ、波羅門たちという主要登場人物は、それぞれだけ取り出せば結構アクが強くて魅力的。ところが通常の対話であっても戦いであっても、うまくコミュニケーションがとれないというか噛み合わないというか、という感じで、それぞれ一方的に攻めたり負けたり無視したりという状態。

異星種族“ベイシック”に至っては、ベイシック自体も彼らが使役する品種改良された人類も、思考が隔絶しすぎていて、通常人類とまったくコミュニケートできず、いたずらにヒトと竜が死ぬばかり。

最終的に、先の展望が描けない暗鬱な状況でストーリーが終わるのだが・・・・・・

この、高揚も戦慄もない、ただ異様で暗鬱な世界というものをヴァンスは描きたかったのではいか、というのが感想。そう思うと、その場限りの安易なカタルシスを提供してそれで終わり、という凡庸なエンタメSFと比べて、はるかに深い印象が残るという気がする。

ところで、植民惑星の衰退しつつある社会、兵器として育てられる竜、というあたりで、佐藤史生の『夢みる惑星』を思い出してしまった。

夢みる惑星 1
佐藤 史生著小学館 (1996.5)通常2-3日以内に発送します。


この作品でも、“金剛”とか“青面童子”とかいった名前が竜につけられているし。知的で陰謀家肌の主人公、激しやすいライバル、といったところも似ているかも。さすがに異星人は出てこないが・・・・・・


■関連リンク

- アルファ・ラルファ大通りの脇道:竜を駆る種族
登場する“竜”の品種名に、“金剛”“阿修羅”“青面夜叉”といった言葉をあてたのが『竜を駆る種族』翻訳の工夫。逆に、こうした竜の品種名が原文ではどうなっているか、紹介してくださっております。