メディヘン5

時々書く読書感想blog

ロバート・チャールズ・ウィルスン『時間封鎖』

時間封鎖〈下〉 (創元SF文庫)時間封鎖〈上〉 (創元SF文庫)

ネットでも好評のようだということで気になっていて、いつも本屋で手に取ってみてはいたものの、1冊約1,000円×上下2冊という値段にレジに持って行くのを躊躇していたのが本書。値段もだけど、「謎のフィールドに囲まれて星々の光が見えなくなる」というシチュエーションはたしかに『宇宙消失』っぽいし、時間の流れ方の違いを利用して助け手を進化させるというのは「スズタル中佐の犯罪と栄光」だし。おまけに破滅テーマでカルト宗教が出てくるというあたりも、何だか安い話のような気がしてしまったということもあり。

けれど、無事blogを再開されたあやさん@Panic Partyの絶賛に背中を押され、土曜の出社途中に購入。行きの電車で読み始めたら、もうやめられない止まらない、数々の伏線や謎の結末がどうなるのか気になってしかたがない。家に帰ってからも読み続け、結局深夜までかかって久々の一気読み。

この作品、構成がうまいというのか、本当にいろいろなレベルのストーリーがうまく組み合わさっているのですよ。


地球を宇宙の時間の流れから切り離してしまった「スピン膜」。その正体はなんなんだという、SFとしての基本部分の謎解きはもちろん、スピン膜に対抗するため火星をテラフォーミングして助け手となる文明を育てようという大仕掛けの顛末あたりは、下手な作品だとお茶を濁されてしまいそうなところだけど、きっちり回答と結末がついて、まぁ満足。しかも、ホントにそのオチで全部なの、という疑ぐり深い向きに対しては、続編がありますのでそちらでどうぞ、というオマケつき。

現代のアメリカに暮らす少数の登場人物が場面場面のゲスト・キャラクターを交えて演じる濃い人間ドラマが、大きな仕掛けと無理なく解け合わさっているというのも、本書の特徴。こういうスタイルって、米国SFの主流というより、最近流行の連続TVドラマシリーズみたい。

ちなみに、私は大仕掛けの方より、この人間ドラマの方に大はまり。
それも、主人公と、幼なじみの双子の姉の恋愛の行方がどうなるのか気になって気になって、読むのがやめられなくなったというわけ。物語冒頭で、二人が逃避行の旅に出ているのがわかるのだけど、そもそも、隣家の一つ年上のあこがれの少女への淡くせつない初恋から、人妻となってしまった彼女への熱い想いを経て、どうして一緒に逃げ回ることになったのか、もう一人の双子はどうなってしまったのか、肝心の顛末は物語の終盤まで明らかにされない。しかも、二人の関係のクライマックスが、スピンを巡る大仕掛けのクライマックスと見事にシンクロ。もう、これは、ラストまで一気に盛り上がるしかないでしょう、というところ。

もう一つおまけに、主人公の母親(父親は夭逝)と双子の両親の関係にも謎があって、こちらも伏線を張りながら、う〜むという真相が明らかになるのはやはり終盤。主人公と双子の姉弟、主人公の母と双子の両親という、それぞれの三角関係が微妙に対比され、人間関係の描写が深まるという仕掛け。

こう書くと通俗的な印象になりそうだけど、訳文というか描写の方はきわめて淡々としていて、軽薄な派手派手しさとは無縁。主人公の一人称による語りが医師という職業からイメージされる冷静な語り口で続き、じっくり物語に集中することができる。

さて、物語の中盤、火星から来た人物に主人公が地球の読み物を差し入れするシーンがある。主人公は何冊かの火星テーマのSF小説を渡すのだが、古典や巨匠の作品と並んでキム・スタンリー・ロビンスンの仮想火星開拓史・『レッド・マーズ』があげられているのが嬉しかった。

この『時間封鎖』では、火星に送られた人々がどのように文明を育て上げたかはほとんど何も語られていない。だけど『レッド・マーズ』が言及されているあたりからして、ウィルスン版の火星開拓史が語られる外伝作品を期待してもいいのかも……っていうのは、無理があるかな?

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