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時々書く読書感想blog

感想:ヘンリー・ジェンキンズ『コンヴァージェンス・カルチャー』

90年代の米国ファンダム文化研究の延長としてインターネット時代初期のファン参加型コミニュティの実相を渉猟し、メディアとファンの関係変化の様相を報告。主に取り上げられているコンテンツ=コミュニティは、『サバイバー』『アメリカン・アイドル』『マトリックス』『スターウォーズ』『ハリー・ポッター』だが、コラムも含めると『ツイン・ピークス』『ブレア・ウィッチ』からポケモン、マーベル/DCマンガヴァース、北米におけるアニメ紹介のファンサブ活動や日本のコミケまで、思い当たるファン参加型のトピックは一通り押さえられている。

扱う題材の柔らかさ・馴染み深さに対して、メディア論部分は最終的に政治論に及ぶこともあってシリアスかつ生真面目(特にコンバージェンス convergenceという言葉の使い方は難しい)。3,700円という価格から言ってもメディア論・文化論の研究者向けの本で一般人向けではないのかもしれないが、キレの良い映画評をブログで楽しませてもらっている北村紗衣氏がかねてからブログ記事で取り上げ翻訳も分担されたことから思いきって手を出してしまった。とはいえ、実際の参加者の声を丹念に拾って描かれたそれぞれのファン活動は、コンテンツとコミュニティが持つ個性を際立たせて描き出していて、ルポルタージュ的な読み物としてしっかり楽しめた。

 
本書は2006年に発表されているが、訳書の底本としては2008年にあたらしいあとがきを追加して出版されたペーパーバック版を使用しているとのこと。この2006年〜2008年あたりはインターネット的には大きな変化が始まった微妙な時期だ。

  • YouTube: 2005/12 公式サービス開始、2006/10 Googleによる買収合意
  • Twitter: 2006/7 サービス開始
  • Facebook: 2006/9 学生以外の一般にサービス開放
  • iPhone: 2007/1 初代iPhone発表

つまり、2006に発表された本書が扱うコミュニティには、その後の「ユーザー参加」に大きな影響を及ぼすYouTubeTwitterFacebookiPhoneも存在しない。(2008年に書かれたあとがきではこれらの要素も多少言及されている)その点からすると、本書は内容的にすでにレトロ感が漂うのは確かだ。しかし、変化が激しいネット文化の移り変わりを筋道立てて把握しようとすれば、この2006年という大変化を控えたタイミングでそこまでのインターネットベースのファン活動を総括した本書は貴重だろう。


また、著者ヘンリー・ジェンキンズが随所で繰り出してくる寸評や言い回しが気が利いていて楽しい。例えば、

草の根メディアの力というのは多様化するということであり、放送メディアの力というのは増幅するということである。(p.468)

などという言葉はさすが研究活動の積み重ねからでてくるもので、ネットのサービスが変化しようが当てはまる本質ではないだろうか。

 

ところで、convergenceという言葉は普通は収束や収斂と訳されると思うが、この本のタイトルである"Convergence Culture"の訳語として相応しそうな言葉は日本語版副題に含まれている「参加型文化」なわけで、通常の訳語が当てはまらない。どうも、このconvergenceにはひところ言われていた「通信と放送の融合」という言い方に含まれる融合という言葉を充てるべきらしい。この話で、昔(2000年代の話)、「通信と放送の融合」という言葉は放送業界の人には嫌われていたのを思い出した。放送の前に通信があるのが気に食わない、放送と通信はビジネス的にも法的にもまったく別なのだから融合などはありえない、「放送と通信の連携」ならまだ我慢できる、といった発言を実際に聞いたことがある。こういうやり取りは放送業界と通信業界の企業同士の話し合いの中で出てきたわけだが、その頃にはこの本で言うconvergence culture、ファン参加型文化の可能性という意味で「融合」という言葉を使う人はビジネスの場にはあまりいなかったのではないかと思う。もちろん本書で取り上げられているコンテンツ=コミュニティ活動の多くは同時代状況的に「なんとなく」知られていたので、そこが正面から扱われなかったのはしっかりしたレポートがなかったこともあったのではないだろうか。そういう意味においても2006年に発表された本書の翻訳が2021年になったというのは、ビジネスの世界の議論向けとしても遅すぎたのではないか、本書が早く出ていればショートカットできた議論もあったのではないか、などと考えてしまった。

 

外部リンク

これは翻訳されるべき。Henry Jenkins, Convergence Culture - Commentarius Saevus

  • 2012年に書かれた本書の紹介。

「訳者あとがき」たちよみ『コンヴァージェンス・カルチャー』|晶文社

  • 「訳者あとがき」の抜粋とDL完全版へのリンク

『コンヴァージェンス・カルチャー』から考えるファンダムの可能性 - TOKION

  • 訳者3名へのインタビュー。

【書評】読む側のリテラシーが強く問われるリベラルなメディア論|NEWSポストセブン

  • 草の根民主主義型ファンダム万歳的なジェンキンズと異なる立場を取る大塚英志氏の書評。
  •  ぼくはちょうどファン参加の二次創作の出自が、大政翼賛会の時代の「協働」と呼ばれた投稿・参加型のファシズム動員にあることを見出しつつあった時期で、ファン参加論に肯定的にはなれなかった。

     事実、日本におけるネトウヨ、北米のQアノンといったweb上の参加型政治のその後の光景は、ジェンキンズさんが夢見た光景とはかなり異なる。それ故、彼の著作の翻訳は喜ばしいし、これによってネトウヨ的現在の批評的な記述も可能になる。その意義は大きい。