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時々書く読書感想blog

矢野徹翻訳『宇宙の戦士』


大先輩お二人のblogにて、矢野徹氏逝去の報を知る(更・うれしいがらし日記FIAWOL-blog

作家、翻訳家として多数の業績を残されている矢野氏だが、自分が印象深いのは、下記の作品。

宇宙の戦士
宇宙の戦士
posted with 簡単リンクくん at 2006. 7.26
ロバート・A・ハインライン著 / 矢野 徹訳
早川書房 (1997.7)
ISBN : 4150102309
価格 : ?882
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この作品、大筋としてはタイトル通り(また、映画のストーリー通り)、“悪いクモ型宇宙人は皆殺し”的スペースオペラなのだが、一方で、ハイライン/矢野コンビ一流の少年成長物語の名作でもあり、社会モラルの維持に対する軍隊経験者からの提言でもある。
 
で、矢野氏も訳者あとがき(1966年版)で賛意を示した「提言」的側面の保守性に対して、SFマガジン読者欄上で激論が交わされたというのが日本SF史上に残る大事件の一つだったというのだが、こうした「おたく以前」のファンの熱さ・真面目さというのは、ちょっと想像がつかないところがある。
 
矢野氏の著作・翻訳作品には、小学生時代に読んだジュブナイルから、ずいぶんお世話になっているが、この『宇宙の戦士』のあとがきの件に見られるような、軍隊経験者的な部分には世代の違いを感じていた。SF大会か何かで、戦車部隊に所属されていたころの体験談を話されているのを聞いたことがあって、ますますそう思うのかもしれない。しかし、こうしたバックボーンがあってこそ、多数の骨太なエンターテイメントが生み出されてきたのだろうから、創作というのは難しいところ。
 
戦車部隊における矢野徹、という件に関しては、佐藤大輔征途』中巻には、まさに戦車兵として戦う矢野氏が登場する。



征途 上 衰亡の国(徳間文庫)

征途 中 アイアン・フィスト作戦(徳間文庫)

征途 下 ヴィクトリー・ロード(徳間文庫)

佐藤大輔

この作品は、太平洋戦争終盤のレイテ沖海戦に"if"を導入することにより、戦後米ソに国土が分割されることとなった日本の再統一までの道のりを描く仮想戦史の傑作。
 
戦車兵・矢野徹が登場するのは、敗戦後、北海道に再侵攻を開始したソ連軍に対する反攻の場面。警察予備隊の戦車中隊を率いる福田定一=司馬遼太郎の戦車の装填手、“かつて善通寺連隊に所属していた、頭の回転の速い、ハンサムな顔立ちの若者”として指揮官を支える部下の役を果たす。(「矢野君」としか出てこないけど、これは矢野徹氏でしょう) ちなみに、この作品は、遊びがあちこちにちりばめられており、“海軍を途中で退役しなかった”ロバート・A・ハインラインが、生き延びて海上保安庁に引き継がれた戦艦大和に観戦武官として乗艦し、ソ連海軍撃滅を喜ぶ万歳の叫びに加わる、などというシーンもある。
 
逝去された矢野氏、そのハインライン氏と、あの世で旧交を温められていることでしょう。ご冥福をお祈りするとともに、氏の残された著作・翻訳作を今後も楽しませていただきたいと思います。