メディヘン5

時々書く読書感想blog

飛浩隆『象られた力』

この方の作品は、昔SFマガジンで読んだ気がするのだけど記憶にないし、変わった名前の著者さんの作品を敬遠するところもあって、読んでおりませんでした。今回、bk1で買いたい本が1,500円の送料無料ラインに満たなかったので、“ついで”に買って読んだのですが……おもしろい。これまで読んでいなかったのは、大失敗でした。

象られた力
象られた力
posted with 簡単リンクくん at 2006. 7.30
飛 浩隆著
早川書房 (2004.9)
ISBN : 4150307687
価格 : ?777
通常2-3日以内に発送します。

■内容

天才的ピアニストの名演に秘められた謎を描いた「デュオ」、人の意識と宇宙が共鳴する世界の辺境での物語「呪界のほとり」、植民惑星の一角に残されたジャングルに隠された秘密を描く「夜と泥の」、そして、突如消失した惑星“百合洋”の図形言語がもたらす災厄を描いた表題作「象られた力」という中短編4編を収めた短編集。

■感想

一読して感じたのは、普通は確固とした壁で隔てられていると思っている人の意識同士、あるいは、人の意識と世界の間の境界があやうくなるような感覚。人の物理的なアイデンティティの拠り所だと思っていた遺伝子というものが、実はウィルスを介するなどして意外と交雑しているものなのだ、というような話を読んだ時の、確固たる壁が崩れるような感覚を思い出しました。
 
同時に思い出したのは、グレッグ・ベアの『ブラッド・ミュージック』。こちらも、人の意識と宇宙がウィルス的人工生命の力により一体化していくという一種の境界破壊な物語。ベアの作品には、これ以外にも、物理法則を絡めた人の意識と宇宙の境界破壊(『凍月』など)、個人と社会の間の境界破壊(『女王天使』など)とかいったアイデアが登場する作品があるわけで、『象られた力』とは似た部分があるように思いました。そういう「境界破壊」という線では、諸星大二郎生物都市』(リンク先は収録短編集)にも一脈通じるところがあるかも。そういう意味じゃ、『ソラリス』も、ということになるのかな。
 
こうしたスリリングな感覚を描き出すために、短編には勿体ないほど惜しみなくSF的なアイデアやガジェットをつぎ込み、ディテールを描ききっているのがまた、『象られた力』収録作品の凄いところ。わかりやすい例で言うと、未来の植民惑星の文化を描くのに、オリジナルなメニューをいくつも作り出している(しかもこれが、おいしそうで食べてみたくなってしまう)短編にはお目にかかったことがない、というあたり。

しょっぱなの「デュオ」をはじめ、各作品のどんでん返し(視点ずらし?)な構成も楽しいところ。長編『グラン・ヴァカンス』も読まなければ!
 
■関連リンク

- 早起き三文SF作家 飛浩隆のweb録
作者・飛浩隆氏のHP。自作の売れ行きを心配されているところとか、初々しい。はてなダイアリーを使って書かれています。
 
- 『象られた力』の律動感@書籍流発掘録
わたしは、“どんでん返し”などという、みもふたも無い言葉しか思いつかないのですが……

惑溺したい心持ちを異化し対象化し外部化していくテクニックの巧みなこと、背筋がぞくりと泡立ちそうな。

ということなのですね。なるほど、ラストに至る過程、まさに書かれている通りと思います。