メディヘン5

時々書く読書感想blog

大石英司『神はサイコロを振らない』 “失われた10年”を忘れないために

神はサイコロを振らない
大石 英司著
中央公論新社 (2004.12)
ISBN : 4120035948
価格 : ?1,890
通常24時間以内に発送します。

■あらすじ

かつて太平洋上で消息を絶った旅客機が、10年後、事故当時の姿のままの乗客を乗せて突如、羽田空港に着陸。3日後に再度消失すると宣告された乗客とその家族、そして周囲の人々は、蘇る「失われた10年」の歳月に何を思い、どう行動するのか……

■感想

大石英司氏というと、日本では数少ないハイテク・スリラー物のベテラン。私も、90年代のアタマくらいから、いろいろと読んで、楽しませてもらっています。最近は、定番のサイレント・コア(架空の特殊部隊)物にちょっと食傷して遠ざかっていたのですが、久々の単行本ということで読んでみました。

大石作品の多くは軍事物ですが、敵味方の軍人も含め、登場人物が等身大の人間として描かれているのが特徴のように思います。エンターテイメントとして撃ち合いやら斬ったはったの立ち回りがあるのは当然ですが、それをこなす登場人物たちの将来への夢や引きずる過去、家族や仕事への想い等が、たとえ脇役であっても一言触れられているあたりが、荒事中心のストーリーに微妙な色彩を添えています。

この『神はサイコロを振らない』は、そうした登場人物の想いを全面に押し出したストーリーで、大石作品としては異色作。作品のに関わるキーワードを挙げるとすれば、私は「失われた10年」だと思います。作中、宮崎から羽田に向け飛び立ったYS-11旅客機が遭難するのが1994年。10年後の2004年に出現するまでに起きた大きな出来事と言えば、 阪神・淡路大震災地下鉄サリン事件、そして、金融不況……。いずれも巻き込まれた方々には忘れ得ぬ出来事でしょうが、運良く災難を逃れた人間には次第に遠くなっていくものでもあります。この作品では、市井の人々である乗客達とその家族の物語を通じて「失われた10年」の出来事を忘れてはならないことを思い出させてくれます。

もう一つ、この作品に清々しさを添えているのが、出現した乗客達に接する周囲の人々の姿。10年間乗客の家族に対応し続けた航空会社社員を始め、再び姿を消すとされる乗客達につかのまの夢を実現させてやろうと奔走する人々の姿には、いつのまにかミーイズムが蔓延してきた昨今と引き比べて、これまた忘れたくないものを感じました。

全体に感傷的にすぎるというところもあるのですが、ストーリーが進行する3日間が8月の12日から15日というあたりが絶妙で、日本人の自分としては、それも良いか、と思わされてしまいました。

とまあ、思い切り泣かせてもらいました。しかし、夏の物語なんだから夏に出版してもらいたかったなぁ。あと、エンタメとしての大仕掛けがもう一発欲しかったというのは、やはり自分が俗物なせいか。

大石英司氏の作品の中では、バイオ・テクノロジーで生み出された超常生物と人類の戦いというメイン・プロットに、クラスメートを連れて避難を続ける中学生の物語がうまくミックスされた『ゼウス』が一番好きです。

ゼウス
ゼウス
posted with 簡単リンクくん at 2006. 7.29
大石 英司著
祥伝社 (2000.2)
ISBN : 4396206828
価格 : ?900
通常2-3日以内に発送します。


■関連リンク

- 大石英司作品の世界
鉄道と大石英司作品のファン・片田健さんのHP内。ほぼ全ての大石作品の紹介は圧巻です。

- 帯付き表紙
凝った帯が付いていたので、bk1に帯付きの表紙画像が出ないのは残念と思っていたら、著者がHPにアップされておられました。