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時々書く読書感想blog

眉村卓『司政官全短編』

会社帰りに信愛書店で発見即購入。創元SF文庫なのにSFコーナーではなく、推理小説の間に挟まっていた。分厚さで目立っていたからいいものの、見逃してしまうではないか。創元はみんな推理コーナーというローカル・ルールとかあったっけ? しかし、『不確定世界の探偵物語』はSFコーナーに置いてあったしなぁ。

司政官 全短編 (創元SF文庫)

司政官 全短編 (創元SF文庫)

書名通り、1971年〜1980年の約10年間に書かれた<司政官>シリーズの短編、全7編を収録したもの。
付録として、シリーズの根幹をなす司政官制度についての解説「司政官制度概要」(児島冬樹)が付属。他に、『全短編』発刊に寄せた著者・眉村卓のあとがき (!)、中村融氏による解説。70年代前後の日本SFの代表的主要な作品について著者自身が振り返ったものを見る機会はあまりないので、作者あとがきは興味深かった。初期は普通の長さの短編だった<司政官>なのに、後になるほど長くなり、長編2冊が超大作化したのが昔から不思議だったのだけど、このあとがきを読むとなるほどと思ったり、かえって謎が増えたり。(「それがどんな事柄についてなのかとか、具体的にどの作品なのかということはいうまい」って書いちゃう“誤解”ってなんだろ)

さて<司政官>。舞台は遠い未来、人類が銀河系内のさまざま星系を征服・植民地化している時代。新たに人類の版図に加わえられた惑星において、軍による統治を引き継ぎ、先住者(異星人)と植民者の利害を調整しながらその惑星の発展を促す行政官が司政官。特徴として、十数年におよぶエリート教育により育成されること、実務を行うのは全てロボット官僚であり任地では一人きりで任務につくことといった点がある。

本書では、司政官制度設置直後を描いた「長い暁」から同制度の矛盾が露呈する「限界のヤヌス」まで、作品世界の時間軸に沿って作品が配置されている。したがって、通して読むと、司政官制度のスタートからその成熟、衰退が一望できるという寸法。長編『消滅の光輪』『引き潮のとき』は、「限界のヤヌス」以後のさらに司政官制度が衰弱した時代の物語なので、この短編集を読んだ後に読むのがよい、ということでしょう(まあ、手に入ればだけど。自分はSFマガジンの連載時に作者が言う「ずるずる」に辟易して『引き潮のとき』の単行本・文庫を買い逃し、今となっては後悔)

この短編集を通して読むと、SFの特性を活かして状況や制度自体の中身を単純化し、行政制度とそれに関わる人間についてあれこれ思いを巡らすおもしろさがよくわかる。まさに<司政官>という行政制度を主役においた「制度テーマSF」。眉村卓が「制度テーマ」を思い立った背景はまったくわからないが、『EXPO'87』や『産業士官候補生』といった現代日本を舞台にした類似テーマの作品をどこかから見つけてきて読めば何か見えてくるのかもしれない。小松左京の『復活の日』『日本沈没』『さよならジュピター』などには、破滅を回避するために高度工業化社会の潜在力を最大限活用するよう社会システム工学的なアプローチがとられるといったことが書かれていたが、そういった見方と通じるところもあるのかも。

個々の短編については、やはり孤独なエリートである司政官たちの苦悩と悲哀が目立つ。いくらなんでも、司政官サイドの人間は本人一人だけ、という設定はやりすぎじゃないかな。まあSFというジャンル特有の文学的誇張というやつなんでしょうけど。それとも、発達したコンピュータ(ロボット官僚)によって強化されたエリートってそれくらいパワフルになりうると思われていたのか……

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