メディヘン5

時々書く読書感想blog

ケネス・ブラウワー『宇宙船とカヌー』

ちくま文庫1988年刊行・定価800円、現在は在庫切れ。なんとなく Amazonで値段を見たら、マーケットプレースで中古700〜2,500円からコレクター商品12,600円(!)の値が。全然、知らない本で、行きつけの古本屋で偶然見つけて買ったんだけど、実は人気の本だったとは。私が買ったのは400円。まあ、4刷だし痛みが激しいから、そんなもんだろう。

宇宙船とカヌー (ちくま文庫)

宇宙船とカヌー (ちくま文庫)

読んでみたら、確かに高いお金を積んでも美本が欲しくなる人が出るのが、なんとなくわかった。というか、これを品切れにするのはどうなんでしょうか、ちくま文庫さん、という印象。

乗り物の歴史の本か、というタイトルだけど、内容は、物理学者フリーマン・ダイソンとその息子、ジョージ・ダイソンの評伝。というより、ジョージ・ダイソンに関する内容が主で、父フリーマンについては、息子ジョージを理解するための背景という扱いなのかもしれない。


そのジョージ・ダイソン*1Wikipediaでは科学史家・Science Historian、というタイトルをつけている。この本で読んだ限りでは、ナユラリストにしてカヌーイスト*2という印象。

ジョージは、10代で家を出た後、バンクーバー島を南端とするカナダの太平洋岸ブリティッシュ・コロンビア州の沿岸を船で行き来するようになる。その生活の中でジョージが理想と考え、自ら作ったのが、アリューシャン列島に暮らしたアリュート族のバイダルカと呼ばれるスタイルのカヌー(シー・カヤック)。ジョージによると、このアリュート族のバイダルカこそが、海を行き来するのにもっとも適した乗り物なのだという。*3

ジョージは、アルミの骨組みにグラスファイバーの表皮という現代テクノロジーを導入してバイダルカを再生。著者がそのバイダルカに同乗したシーンを読むと、「海の上に座ったかのような」という乗り心地を味わってみたくなる。せめて、彼のバイダルカがどういう形をしているのか知りたくて、ネットを探してみたが……

  • まず外観がつかみやすいのは、ジョージが書いた"Baidarka: The Kayak"の表紙
  • 最近のデザインや製作過程については、flickrに美しい写真のset・Dyson/Baidarka が登録されている。flickrには、ジョージ自身が撮影したとおぼしき写真も登録されている
  • 本書の終盤に登場する6人漕ぎの大型カヌーについては、"The Story Of A View, A Vision And A VentureというPDFファイルに含まれるモノクロ写真しか見つからなかった。
  • カヌーと関係ないが、wikipediaフリーマンジョージの写真を見比べると、親子がそっくりでおかしい。特に本書でも度々登場する「大きすぎる鼻」の遺伝は明白。

さて、本書は、ジョージがこうしたカヌーを建造するまでに至った過程が、彼が過ごした美しい自然の描写とともに記されている。その合間に挿入されるのが、父フリーマンの壮大かつ強烈なビジョン。彗星への植林、核ロケット・オリオン計画、そして、ダイソン球……SFではおなじみの父の宇宙へのビジョンと、息子の地球の自然へのビジョン。ともに美しくも過酷な両者の対比が、ひどく刺激的だった。

本ブログ・ノンフィクション書評・レビュー

*1:彼の父で作曲家のジョージ・ダイソンと区別するためか、ジョージ・B・ダイソンとする場合もあるようだ

*2:ちなみに本書の解説は、カヌーイスト・野田知佑

*3:海での狩りの達人だったアリュート族は、毛皮に目の眩んだロシア人に使役され、バイダルカに乗ってカナダ沿岸まで遠征してきたというが……このアリュート族(アレウト族)って、 SFで言うとニール・スティーヴンスンスノウ・クラッシュ』の強烈な敵役レイブンのご先祖。同作にはレイブンがカヌーに乗ってモーターボートより速く進むというシーンがありました