メディヘン5

時々書く読書感想blog

ローアル・アムンセン『南極点』 計画的犠牲にもとづく成功

会社帰りに古本屋で購入。

世界で初めて南極点に到達したアムンセン*1。))自身による探検記。現在店頭に並んでいるのは中公文庫BIBLIO版の『南極点征服』(谷口晋也訳・237ページ)で、こちらを買おうと思っていたのだが、買う前に行きつけの古書店「ねこの手書店」で朝日文庫版の『南極点』(中田修訳・630ページ)を見つけてこちらを購入してしまった。

本書のあとがきによると中公文庫BIBLIO版は全体の1/3程度の妙訳らしいので、結果的にこの朝日文庫版を入手できてよかった。600ページ以上の分量があってもデテールから迫力が増すことはあっても長過ぎるという感じがしないので、興味のある方は朝日文庫版の入手をお勧めしたい。

南極点 (朝日文庫)

南極点 (朝日文庫)

南極点へつながるルートを発見した1909年のシャクルトンの南極探検*2後、英国のスコットとノルウェーのアムンセンの間で争われた南極点到達レース。このアムンセン自身の記録を読むと、確かに偉業ではあるものの、あまりに計画・予想通りに進みすぎていて少々平板な印象は否めない。

ここはやはり、たった1ヶ月の差で極点到達一番乗りを逃したあげく、帰路に隊長含むアタック隊5人が全滅してしまったスコット隊の悲劇と照らし合わせることにより、アムンセンの偉業が際立ち、この南極点到達レースについての陰影が深まるというもの。そういうわけで、このアムンセンの記録を読む前に、スコット隊に関する記録(たとえばチェリー・ガラードの名著『世界最悪の旅』(感想)を読んでおいた方がより楽しめると思う。



本書は以下の章立てで構成されている。

  • 序文
    • フリチョフ・ナンセン*3による序文
    • 第一報
      • アムンセンが、南極からの帰還途中に寄港した最初の文明の地であるタスマニア島ホバートから探検の概要と南極点到達を報告した第一報。
  • 第1章 計画と準備
  • 第2章 南へ向かって
    • ノルウェーからマデイラまで 〜 マデイラから鯨湾まで
  • 第3章 バリアの上で
    • 基地建設 〜 補給所設置旅行
  • 第4章 冬
    • 冬支度 〜 フラムハイムの一日 〜 極点旅行の準備
      • フラムハイムとは、アムンセンたちの作った越冬用ベースキャンプの名前。氷を掘って拡張した基地の様子とそこでの暮らしをユーモラスに描いた「フラムハイムの一日」が楽しい。
  • 第5章 極点をめざして
    • バリア 〜 山々の間を縫って 〜 高原を極点へ 〜 極点からの帰り道
      • スコット隊の苦闘に比べ“スキー旅行のような”と形容した文章も見られるアムンセンたちの極点アタックだが、けっして気楽なものではなかったことがうかがわれる。特に、犬ぞりをまともに飲み込むクレバスとの闘いは印象的。
  • 第6章 北へ
  • 付録
    • 白瀬南極探検隊関係抜粋
      • アムンセン自身の記録だけではなく、隊員の記録も含め、彼らが出会った白瀬隊の様子に関する記述部分を集めたもの。
    • 隊員名簿、「南極の歴史」、アムンセン年譜、用語解説、風力階級表
  • あとがき
    • 訳者あとがき(ドルフィン・プレス版、朝日文庫版)
    • 解説(北村秦一*4

全600ページ以上という大部だが、計画・準備段階からリズムよく話が進み、あれこれの苦労はあるものの順調に探検が成功する。そのスムーズさは、失敗で人命が失われることなどほとんど無い、現代の探検・調査記録を読むよう。はしばしに溢れる余裕に、成功者の記録とはこういうものかと感じ入った次第。

かといって鼻持ちならないというところは全くなく、計画から実行まで極めて合理的かつ建設的に進めるアムンセンと隊員たちの姿の力強さが頼もしく感じられる。彼らが行ったさまざまな工夫についても、成功の実績があると思って読むとなおいっそう興味深い。

ただ、悲劇に終わったスコット隊と比べて、アムンセンたちの成功を手放しで持ち上げられないところも、本書から浮かび上がってくる。

その一つは、探検への出発までのあいだ、アムンセンは南極点到達という目的を支援者を含む世間に隠し、航海がマデイラまで進んだところで明らかにした点 *5。アムンセンも他の探検者と同様、スポンサー集めに悩んでいたらしく、その関係での措置だったらしいが、事情は問わず「隠していた」という一点で翳りが出ることは確かだろう。

もう一つは、輸送手段として用いた犬ぞり用のイヌの扱い。アムンセンたちは、イヌの健康状態が探検の成否を分けると言うことを強く認識し、彼らの管理に気を使っていたことが、本書の中でも強くうかがえる。一方で、アムンセンたちにとってイヌはあくまで輸送手段であり、ソリを牽けなくなったイヌや、計算上、輸送力として不要になったイヌをただちに処分し、他のイヌたちや自分達の食料としてしまっている。この強烈な合理性が探検の成功に結びついたということは本書を読めばよくわかるのだが……アニマルライツとは言わずとも、現代の動物愛護の観点からは、ひどい違和感を感じることは確か。

アムンセンの南極点初到達ってスコット隊の悲劇に比べて陰が薄い、というか、逆にスコットの悲劇を語る際の引き立て役に使われることが多いような気がして不思議だった。確かにこの二点があると、現代において偉大な成功としてアピールするのは、なかなか辛いかも……少なくともタロ・ジロが美談となっているこの国で、教科書的な偉人伝にはならなそそう。しかし、逆に、成功の条件をリアルに感じるには良い題材かもしれない。

(bk1)、(本ブログ・ノンフィクション書評・レビュー

*1:本書の著者名表示だと“ローアル・アムンセン”だが、“ロアルド・アムンゼン”という表記もある。後者は英語発音から来ているらしい。Google検索だと、アムンセンが6,640件、アムンゼンが70,100件だった

*2:南極大陸沿岸の山脈を越え南緯88度23分まで到達した。遭難と生還で有名なエンデュアランス号の冒険とは別のもの

*3:ノルウェー海洋学者。アムンセンが南極探検に使用した氷海航海用のフラム号を建造し北極圏の探検を行った。第一次大戦後の戦争難民救済の功績によりノーベル平和賞を受賞

*4:日本の第一次・第三次南極観測隊隊員。

*5:マデイラに到着するまで、公式には「北極探検」を目標として資金集めをしていた