メディヘン5

時々書く読書感想blog

感想:マーサ・ウェルズ『マーダーボット・ダイアリー』

弊機、という一人称が発明されたという紹介を読んで、一発で読みたくなった。他人の行動がうっとおしくて、見られたり触られたりするのが嫌。好きなのはドラマを視ることだけで、知っている常識はドラマから学んだことだけ。ってまるで、***のことみたいだ。でも、約束を守るために傷ついても戦う姿は典型的ハードボイルド主人公。

リアルとサイバーが組み合わさったアクション・シーンは、士郎正宗の『攻殻機動隊』原作がうま〜く文章化された感じ。それに加えて、何かするたびに弊機の愚痴や皮肉が入るのがスパイスとなって、大変よろしい。弊機は人間=顧客に対してはうんざり感満載しかしワンパターンな反応をする一方、機械知性に対しては好悪取り混ぜて屈折した見方をする。そのあたり、コンプレックスというものの描き方にリアル感がある。最近「啓蒙」されつつあるおっさんとしては、訳者の言う「他者性」と「多様性」という現代的テーマが身近に感じられるのも良かった。

弊機が「顧客」の対応にイライラするところって、勝手にトンチンカンやって仕事を増やす男どもに対する女性の視点のメタファーなんだろうな……そうすると、ARTは職場で「鼻柱を折ってくれた」先輩女性社員というところか。

そうなると、「勝ちたかったのです」という言葉で雰囲気が変わるシーンの意味も良くわかる。すごいはっきりしたフェミニズムSFなんだね。一晩経たないとそれに気づかないおっさんは、弊機にうんざりされる側だわ。

おっさんが『モーターサイクル・ダイアリーズ』を連想してしまったタイトルも、"ブリジット・ジョーンズ"なわけだ。他にも仕掛けがあるんだろうな。

まあ、こちらの読み方の方が作品のイノベーティブさを感じとるという点で正解なんだろうけど。