メディヘン5

時々書く読書感想blog

感想:ケイト・ウィルヘルム『鳥の歌いまは絶え』

名訳タイトルが心に刺さるディストピアSFの名作。 破滅から逃れるため生み出され高度な共感能力で排他的に結び付くクローンたちと、様々な経緯で「個」として生きるしかなくなった人々の相克が三部に渡って描かれる。個と集団の葛藤というのは、アメリカ建国以来、今現在に至るまで続くアメリカ人の頭痛の種なのだろうけど、異分子として排斥される第二部のモリー・第三部のマーク親子の立場がマリアやキリストを裏返した形で描かれる極めて重いものとして描かれていることを考えると、この問題の痛切さに改めて気づかされる。

また、この作品の優れた叙情性の部分について、日本人としては忘れがたい名邦題や三部それぞれでじっくり描きこまれた人間関係から味わうのだろうけど、アメリカ人にとっては舞台設定からも「来る」ところがあるのかもしれない。舞台となるシェナンドア渓谷・川は、名曲「カントリー・ロード」の冒頭で唄われる心の故郷なのだから。