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時々書く読書感想blog

小田雅久仁『本にだって雄と雌があります』 感想: 関西弁・家族・本

どういう話なのか粗筋を知る前にkakidashi.comで、

あんまり知られてはおらんが、書物にも雄と雌がある。

という書き出しを見て気になっていた。よく意味がわからないのに断定されると、「そうだったのか」と思わされてしまうような……

本にだって雄と雌があります

本にだって雄と雌があります


ダメを押したのは業務日誌さんのこの記事の中の、”和風マジックリアリズムの理想形と言えるんじゃないかなぁ。”という一節。マジックリアリズム最高、というほど詳しくはないけれども、この言葉が似合うとされている本でつまらなかったものは無い。というわけで、この記事を読んで購入決定。年末のまとめ買いで買いました。

それで、今年最初に読む本として選んだんだけど……良かった!
なんともおめでたい雰囲気の表紙と合わせて、今年一年がいい年になるような気分で読み終えた!

読了後の感激のあまり、カミサンには「この本おもしろいよ。小川洋子を関西弁にしたような感じ」と勧め、ムスメには「この本おもしろいよ。村上春樹を関西弁にしたような感じ」と勧め、適当なことを言って家族に推薦しまくっている(ムスコの本の趣味はよく分からないので、単に「おもしろいから、これ読め」で終わり)。我ながらムチャクチャなたとえだけれど、読み出せばおもしろさはわかるだろうから、まあいいか。


で、この本、どこがおもしろかったか。


読み進むうちにまず引きこまれていったのは、語り口。語り手である深井宏の硬軟取り混ぜた、それもだいぶ柔らかい方によった、「。」のリズムと「、」のリズムで抑揚を効かせた語りが、まず、いい。そして、そのなんとなくいい加減調の標準語の合間に挟まる、宏の祖父母、與次郎・キミ夫妻を始めとした深井家の人々の関西弁が良い味をだしている。宏の語りもスルスルと滑らかでいいんだけど、標準語はやはり硬い。それに比べて、関西弁の口語のまろやかなこと。

生まれ育ちが東京で、東京以外は仙台しか知らない自分にとっては、生やTVなどで聞く関西弁はちょっと迫力や生々しさがありすぎるように感じてしまうことがある。ところが、この本で描かれた家族同士の会話には関西弁がはまっている。家族同士の遠慮のない、それでいて温かみの溢れた会話に関西弁の柔らかさや滑らかさがピッタリはまって、自分自身も深井家の一員になったような気分にさせられる。


この語り口に導かれて読み進んで行くと、語りの中身が「本の雌雄」という話から深井家の家族の年代記へと移り変わっていく。中心は、與次郎・キミ夫妻なのだが、與次郎の兄弟達のエピソードも、與次郎・キミの子ども達(つまり宏の親の世代)のエピソードも、宏自身のエピソードも、絶妙の語り口で楽しく、あるいは美しく、あるいは悲しく語られていく。まあ、変人揃いというか個性的な一族なのだけど、その個性のかき分けが絶妙で、読めば必ず読者は誰でもお気に入りが一人は見つかるだろう。ちなみに私のお気に入りは、宗佑叔父さん。やっぱりな。


そして、家族の誰彼に親しみを感じるようになったところで迎えるクライマックス。語り口を楽しみ、一族のエピソードにしんみりしたところで、ガンとぶつけられるのが、「本には雄と雌がある」という冒頭の言葉。人が人を産む、という当たり前と思われることが、実は、本が本を産むような不思議さに満ちているのだよ、と諭されたかのような余韻を残して、幕。


う〜ん、語り口といい、ストーリーの展開といい、はしばしのエピソードといい、文句無し。 今年は春から良いものを読ませてもらったなぁ。


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